辺境メシ
ヤバそうだから食べてみた
高野 秀行
食に関しては好奇心旺盛なほうだとおもう。めずらしいものがあれば食べてみたい。
とはいえインドア派でめんどくさがり屋なので、「居酒屋で聞きなれないメニューがあったら頼んでみる」とか「スーパーでよくわからない野菜や果物があれば買ってみる」レベルだ。
一度、機会があって虫も食べてみた。特にどうってことのない味だった。
しかし世の中には食に保守的な人が多い。
以前中国に滞在していたとき、ぼくは屋台で売っている謎の肉とか、レストランで名前からは想像もつかない料理とかをばくばく食べていた(「猫耳朶」という料理があったので猫の耳を食わせるのかとおもって頼んでみたがただのパスタでがっかりした。形状が猫の耳に似ているかららしい)。
ところが周囲の日本人から「よくそんなもん食えるね」とか「怖くないの?」とか聞かれたものだ。彼ら彼女らは炒飯や水餃子ばかり頼んでいる。そんなもの日本でも食えるのに。
日本人数人でレストランに行ったとき、入口のバケツで醜悪な見た目の謎の巨大魚が泳いでいたから「これ頼んでみようよ」と行ったら全員から猛反対された(ひとりで食い切れる量ではなかったので泣く泣く断念した)。
たった一ヶ月ほどの滞在なのに日本食が恋しくなって「日本食レストランに行かない?」と言ってくる人もいた。なんて保守的なんだろう。
ぼくからすると、高い上にうまくないに決まってる外国の日本食レストランに行くほうが正気の沙汰ではない。何しに外国に来てるんだ。
謎の肉とはいえ、お店が出していて現地の人がお金出して食っているものなんだから食えるに決まっている。
せっかく外国に来てるんだから食ってみたらいいじゃないか。うまければラッキーだしまずければそれはそれで話のタネになる。タニシやカエルを中国で食ったが悪くない味だった。
とはいえ火の通っていないものだけは手を出さなかった。やっぱり衛生的に不安だったので。
「食への好奇心は強いけど出不精」のぼくとはちがい、高野秀行さんは食への好奇心も強い上に世界の辺境をあちこち旅している人なので、当然妙ちきりんなものもいっぱい食べている。
なにしろ反政府ゲリラの支配区に滞在してアヘン中毒になったことのある人だ。『辺境メシ』では、ゴリラ、昆虫、ムカデ、水牛の脊髄、密造酒、麻薬成分のある草などいろんなものが紹介されている。
コンゴで食べたチンパンジーの話。
チンパンジーの肉なんてぜんぜんうまくなさそう……というイメージだったのだが、意外にいけるらしい。あくまで「世界中どんな料理でもほぼ何でも食べる」高野さんの感想なので、万人に当てはまるかは謎だが。
とはいえサル族はやっぱり抵抗があるな……。顔が人間の赤ちゃんみたいだもんな。まして「女性の髪そっくりの長く黒い毛」がからみついていたら無理かもしれない……。
チベットの「水牛の脊髄」とかミャンマーの「納豆バーニャカウダ」とかタイの「豚生肉を発酵させた料理」とか、見ただけで「食いたくない!」とおもう料理でも、高野さんの文章を読んでいるとおいしそうな気がしてくるからふしぎだ。
まあ現地の人が金を出して食うものだから、そこそこうまいのだろう。
しかし豚生肉を発酵させたものは、いくらうまくても食いたくないな……。命は惜しい。
命知らずな料理といえば、日本の料理もたいがいだ。
フグって冷静に考えたら世界でもトップクラスのゲテモノだよなあ。一歩間違えれば死ぬんだもん。
もし外国に行って「このヘビおいしいんですけど、猛毒を持ってて食べたら死ぬんですよ。まあ腕のいい料理人が毒の部分だけ取り除いてるからほぼ大丈夫ですよ」と言われてもぜったいに手を出さない。それなのにフグはおいしくいただくんだから、慣れとはおそろしい。
ここで紹介されているフグの卵巣なんて、誰がどうやって食べ方を発明したんだろうな。今だったら化学的な解析をできるのかもしれないけど、江戸時代だったらじっさいに食ってみるまでわからなかっただろうに。
「三年放置すれば無毒になる」ことに気づくまでにどれだけの命が失われたのだろう。
韓国でホンオ(世界で二番目にくさい食べ物とされる、エイを発酵させた料理)を食べたときの顛末。
こんなもん毒じゃん。危険物じゃん。おっそろしい。
虫は食べられるぼくでも、生肉発酵系の食べ物は食べたくない。やっぱり本能が「危険!」って叫んでるもん。納豆は好きだけどさ。
でも生肉を発酵させた料理は世界中にある。発酵は貴重な食料を保存するための合理的な知恵なのだ。
どんな奇妙奇天烈な食べ物でも、人が食べるということはそれなりに理由があるのだ。「エネルギー源がそれしかない」とか「日持ちがする」とか「はじめはきついが慣れると病みつきになる」とか。
人類がここまで世界中に繁栄できたのは、器用だとか賢いだとかの理由もあるが、「なんでも食う」ってのも大きな要因かもしれないね。
コアラとかパンダみたいに特定のものしか食べられない生き物だったら、まだアフリカの森から出ていなかっただろう。
ところで、ほとんど何でも食べている高野さんが、いちばん怖がっているのが「タコの踊り食い」なのがおもしろい。
とある生物に似ているからというのがその理由だが(詳しくは本書を読まれたし)、ゴリラや生の虫や世界一臭い料理やヤギの胃袋の中身や口噛み酒やカエルのジュースに比べれば、タコの踊り食いなんてぜんぜんたいしたことないとおもうのだが……。
落語『饅頭こわい』じゃないけど、人間、何を怖がるかわからないもんだねえ。
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