2020年11月6日金曜日

【読書感想文】取り越し苦労をおそれるな / 石川 拓治『37日間漂流船長』

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37日間漂流船長

あきらめたから、生きられた

石川 拓治

内容(e-honより)
武智三繁、50歳、漁師。7月のある日、いつものように小さな漁船で一人、長崎を出港。エンジントラブルに遭遇するが、明日になればなんとかなるとやり過ごす。そのうち携帯電話は圏外となり、食料も水も尽き、聴きつないだ演歌テープも止まった。太平洋のど真ん中で死にかけた男の身に起きた奇跡とは? 現代を生き抜くヒントが詰まった一冊。

長崎県を出港した後、船のエンジントラブルにより漂流。
食べ物も水も尽きたが、海水を蒸留させて水滴をなめて命をつなぎ、出港から37日目に千葉県沖の太平洋のどまんなかで救助された……。

と、なんともドラマチックな実話を文章化したもの。

壮絶な体験のはずが、あまり緊張感がない。
文章のせいもあるだろうが、漂流した武智さんの語り口のせいもあるだろう。
なんだかずっとユーモラスだ。




武智さんが漂流しはじめたとき、まだ携帯電話の通じる場所にいた。
だが彼はエンジンメーカーに電話をしただけで、知り合いや海上保安庁などに助けを求める電話はしていない。

 独り身とはいえ、武智の身を案じる人間、兄弟や親戚のことも少しは考えろという友人の言葉は重い。
 武智もいまになって、そのことは後悔しているのだが、それでもやはりあのときの自分は、どうしても携帯電話をかけるつもりにはなれなかったと言う。
 まず、彼自身には、まだ遭難したという意識はなかったから。
 そして何よりも、彼の人柄がそれをさせなかった。友人も言っているように、武智は極端と言っていいくらい遠慮深い。
 武智が連絡をしなかった最大の理由は、そこにあった。

どう考えたって判断ミスなのだが、でもこの気持ちはよくわかる。
ぼくが同じ立場でも、やっぱり通報をためらってしまうかもしれない。
「大事にしたくない」という気持ちがはたらいちゃうんだよね。

だが、仕事でもそうだけど、たいていの問題は自分ひとりで抱えてなんとかしようとするとかえって大事になる。
ぜったいに早めに相談したほうがいい。
「なんでもっと早く言わなかったんだ!」と言われることはあっても「こんなつまらないことで相談するな!」と怒られることはあまりない(そういう上司も存在するんだろうが、その手の人はどっちみち怒るのでやっぱり早めに相談しといたほうがいい)。

ぼくは今までに三度緊急通報をしたことがある。
一度は成人式で友人が酔っぱらったヤンキーにからまれて殴られていたとき、二度めはひとり暮らしで夜中に高熱を出したとき、三度めは猛烈にキンタマがいたくなったとき(→ 睾丸が痛すぎて救急車に乗った話)。

結果的に三度とも大したことはなかった。
友人は一発殴られただけでヤンキーは立ち去ったし、熱はすぐに引いたし、キンタマもたいした病気ではなかった。

ただ、警察官にも救急隊員にも医師にも「こんなことで緊急通報をしないように」とは言われなかった。
まあ通報があれば駆けつけるのが彼らの仕事だし、「暴行」「高熱」「急所の痛み」は一歩間違えれば命にかかわってもおかしくないことだからだ。

やばいことになる予兆があれば、早めに助けを求めたほうがいい。
取り越し苦労でも怒られたりしないから。




ふつうに考えれば、小さな漁船で37日間も太平洋を漂流していたらまず生きられない。

武智さんが生き延びられたのは、運が良かったのもあるし(食べ物や飲み物を多く積んでいた。台風でも転覆しなかった)、幼いころから漁師をやっていた経験や技術のおかげでもある(魚を釣ったり釣った魚を干して保存したりしている)。

だが、彼が生き延びたいちばんの決め手は強い精神力にあったんじゃないだろうか。

 漂流がしばしば悲惨な結果に終わるのは、物理的な要因だけではない。いやむしろ、心理的な側面がかなりのウエイトを占めている。水や食料などの物質的な欠乏よりも前に、恐怖感やストレスに蝕まれた心がカラダを死に追いやるのだ。
 武智は度重なる危機の局面で、驚くべき自然さで、心の平衡を保つための行動をとっている。それは高度なマインドコントロールとでも言うべきものだ。
 もっとも武智は、そういう言葉を使うことを好まないのだが。
「そういう難しい話じゃなくてさ、俺はただ自分が楽でいられるように、肩ひじはらずにいられるように、やりたいことやってただけだよ」
 おそらく武智の言うとおりなのだろう。けれど、私はその話を聞いて想像をめぐらせたものだ。江戸時代の船乗りたちは、何を想いながら漂流したのだろう、と。彼らも、生き延びたからには、武智と同じような経験をしたに違いないのだ。
 武智は、石けんやシャンプーの匂いをかいで、楽しんだりもしたと言う。

ふつうなら、仮に飲み物や食べ物があったとしても太平洋の真ん中をひとりで漂っていたら発狂してしまうんじゃないか。

見渡す限りの海。周囲には何も見えない。たまに飛行機や大型船舶の姿が見えても、向こうはこちらに気がつかない。船にあるのは有限の食糧と水。確実にある死に向かって近づくだけの日々。
この状態で一ヶ月。平静を保てる自信がない。
ぼくだったら早めに食糧を食べつくして海に身を投げてしまうかもしれない。

この状況を少し楽しむ余裕がある武智さんはすごい。
ただ石けんやシャンプーの匂いを楽しむって、もうちょっとおかしくなっているような気もするが……。


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