映画字幕の作り方教えます
清水 俊二
戦前から洋画の字幕(スーパー)を作ってきたという字幕のスペシャリストのエッセイ。
(この本の刊行は1988年。本の説明文に「63年5月、急逝」とあるのは昭和63年ね)
日本で一、二を争う有名な翻訳家といえば戸田奈津子氏だが、その戸田奈津子氏の師匠筋にあたる人らしい。
字幕作りのうんちく二割、老人のとりとめのない思い出話が八割という内容。
思い出話の部分は著者本人に興味のある人以外は退屈きわまりない内容だったので飛ばし読みしたけど、字幕作りにまつわるエピソードはわりとおもしろかった。
映画産業は衰退しているらしいが、インターネットで手軽に動画を観られるようになって、海外の動画を目にする機会は増えた。
その中には字幕のついているものも多い。
機械翻訳の精度はどんどん上がっているが、字幕は当分AIにはつくれなさそう。
今後、字幕を作れる人の価値は上がっていくかもしれない(というか翻訳者が流れこむのかな?)。
字幕作りはふつうの翻訳とはまったく別物なんだそうだ。
たしかに「方法が不健全だ」のほうが正確だけど、これでは意味が分からんよね。
おまけに字幕が出るのは数秒だけ。
その数秒で読んで意味を理解しないといけないわけだから、正確さよりもわかりやすさのほうが大事だ。
表示される文字数、秒数、前後の文脈、文化の違いなどを考慮に入れて、「映画のストーリーがすっと頭に入ってくる日本語」をつくるのが字幕作りなのだ。
目的は言葉の意味をそのまま伝えることではない。
この本には、いくつか字幕作文の例が紹介されている。
たとえば『そして誰もいなくなった』の台詞。
直訳すれば
「申し訳ございません。オーウェンさんは夕食のときにここに来ます」
といったところか。
だが映画字幕として観客が読める時間を考えると、文字数は11文字から13文字におさめないといけない。
おまけに「執事が客から館の主人について尋ねられての返答」という文脈を考えると、それにふさわしい言葉遣いをしなければならない。
著者は「オーウェン様はご夕食の時に。」と訳したそうだ。
なるほどー。
改めて考えると、映画字幕には主語や述語の省略が多いよね。
「戸田奈津子さんの字幕は誤訳が多い!」と聞いたことがあるけど、わざと元の意味とはぜんぜん異なる訳にしていることも多いんだろうね。
字数制限があるとか、一瞬で意味をとれないとか、制作された国の文化を知らないと伝わらないとか、その他諸々の理由で。
字幕作りという作業は、翻訳半分、創作半分ぐらいなのかもしれない。
今度から字幕映画を観るときには、「この字幕をつくるのにどんな苦労があったのだろう」と気になってしまいそうだ。
『フルメタル・ジャケット』のエピソードはおもしろかったな。
『フルメタル・ジャケット』の字幕は戸田奈津子さんが担当することになっていたのだが、スタンリー・キューブリック監督自らが日本語字幕をチェックして、急遽担当者変更になったのだそうだ。
すげえなこのこだわり……。
いくらこだわりのある監督でも、ふつうは他の国で上映されるときの字幕なんか気にしないだろ……。
キューブリック監督はまったくわからない日本語字幕まで再翻訳させてチェックしたのだそうだ。
ちなみにこの文章にある“四文字語”というのは、英語の卑猥なスラングのこと。「FUCK」とかね。
きっと戸田奈津子さんの字幕は上品すぎたのだろう。
『フルメタル・ジャケット』は観たことないけど、友人から
「軍曹が新兵を罵倒しまくるシーンがすごい!」
と聞いたことがある。
【台詞・言葉】ハートマン先任軍曹による新兵罵倒シーン全セリフ
↑ こんなものがあったので、『フルメタル・ジャケット』未見の人はぜひ見てほしい。
なるほど……。
たしかにこれはすごい……。
ふつうの字幕だったらこの強烈なインパクトは失われるな……。
『フルメタル・ジャケット』観てみたくなった……。
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