国民の社会貢献度が厳密に計測できるようになった。
国民のありとあらゆるデータは国家によって管理されている。数万ものパラメータを解析することで、個人の歩む人生、周囲に与える影響が相当な精度で予見できるようになったのだ。
SCP(社会貢献ポイント)と呼ばれるその数値は最大100のスコアで表される。
90を超えるような傑出した人物はそうそういない。ほとんどは30から70ぐらいに収まる。
ごくまれに、0を下回る人物がいる。社会にとって特に危険度が高いとされる人物だ。過去30年間に0を下回った人間は20人ほどだが、その大半が殺人犯、それも生涯のうちに複数の人間を殺害した凶悪犯だ。残りは「これから大量殺人を犯すであろう」人物だ。
SCPは暗号化されて厳重に管理されており、個人が知ることはできない。
いってみればSCPとは「人の価値」をポイント化することであり、それがかんたんに公表されれば人権が脅かされるというのがその理由だ。
犯罪者であろうとこれは変わらない。
SCPとはあくまで社会の全体的な変化をとらえるために考案された指標であり、国民に優劣をつけるためのものではない。国民一人あたりの国内総生産には意味があるが、自分ひとりの生産額は知らないのと同じだ。
ところが、ある若手国会議員がインターネット番組の対談でおこなった発言により風向きが変わる。
「人権はたしかに必要なものです。ですが他の人の幸福を犠牲にしてまで守らなければならないものでしょうか。
たったひとりの独裁者によって数万人の命が奪われることもあります。それでも独裁者の生命は守られなければならないものでしょうか。
SCPが著しく低い人間、いってみれば社会にとって有害である人間。これをあらかじめ社会から排除することの何がいけないのでしょうか。
洪水が起きてからダムを建設しますか? 火事が起きてから消防訓練をおこないますか? それと同じです。人を殺してから裁くのでは遅すぎます。SCPによって殺す前に裁くことができるようになったのです。これからの時代、犯罪は捜査するものではなく、予防するものになるのです!」
議員の長身と甘いマスクが与えるスマートな印象、自信ありげにふりかざされるトレードマークの扇子、わかりやすい語り口、そして誰もが心のなかに隠していた本音をむきだしにしたその主張は、観ている者の心をとらえた。
この動画は何千万回と再生され、好意的な反応が多数を占めた。
新時代の功利主義は閉塞的な時代の空気にマッチして受け入れられた。
超高齢社会、先の見えない不況、拡がる一方の格差。追い詰められた者たちによる自己破壊的な殺人事件も増えていた。
罪のない市民を狙った凶悪犯罪に胸を痛めていた優しい市民、生産性の低い労働者はいらないとおもっている経営者、悪質なクレーマーに悩まされている従業員、認知症の老人の介護に疲れはてたヘルパー、時間稼ぎとしかおもえない野党の質問にうんざりしていた与党議員。
立場を超えて賛成の声が上がった。
もちろん反対派や慎重派も存在したが、彼らの声は説得力に乏しかった。
きれいごとだけでは世の中は良くならない、犯罪者の味方をするやつは自分が犯罪者予備軍だからだ、反対するなら代案を出せ。そうした意見の前には沈黙するしかなかった。
SCPが著しく低い人物、すなわち社会にとって著しく有害であるとされる人物を処分する法案、通称SCP法が国会を通過するまでに何年もかからなかった。
「この法案は善良な市民にとってはもちろん、処分されるSCPの低い人にとってもまた福音となるはずです」
今やすっかり党の重鎮となった議員は、優雅に扇子を振りながらカメラの前で微笑んだ。
「彼らは言ってみれば未来の犯罪者。罪を犯して後ろ指を指され家族に迷惑をかけながら死刑になるよりも、罪を犯す前に潔く身を隠すほうがずっといいと思いませんか?」
カメラの向こうの犯罪者を説得するようにこう述べた。「もちろん運用は慎重におこないますよ。まずはSCPが0未満のお方、つまり大量殺人犯予備軍ですね。この人たちに社会から退場していただくことになります。さすがに彼らを守れという人はいないでしょう」
法案が施行され、最初の[退場者]が決定した。
[退場者]のSCPは-2758。歴代ワーストの数値だ。
数千人の命を奪う人物、という計算になる。
[退場者]の身柄は速やかに拘束された。
「そんなわけがない。何かのまちがいだ!」
当然[退場者]は抵抗したが、SCPの測定にまちがいが起こらないことは国会審議中に十分に検証されたことだ。決定は絶対に覆らない。
「おれは社会を良くするために……」
絶叫は途中で途絶えた。
自由を奪われた[退場者]の手から扇子がこぼれ落ちた。
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