2018年7月22日日曜日

死体遺棄気分の夏

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高校三年生の夏休み、どういう流れだったか忘れたが、友人三人と夜の小学校に忍びこんだ。
田舎の高校生が夜遊ぶところなどほとんどない。スーパーでお菓子とジュースと少しばかりの酒(といっても缶チューハイ)を買って、住宅街のはずれにある小学校の塀を乗りこえた。

粋がってはいても田舎の進学校の生徒であるぼくらは、学校に入ったからといって尾崎豊のように窓ガラスを壊してまわったわけではない(尾崎だってやってなかったかもしれないが)。ただグラウンドの隅に座り、ジュースを飲みながら他愛のない話をするだけだった。
四人で缶チューハイ二本だけ。なめるように回し飲みしながら「おれけっこう酔ったかもしれん」なんて言いあっていた。そんな少量で酔えるはずもないのに。

そのうち、ひとりが泣きだした。友人Tだ。彼はその少し前につきあっていた彼女にフラれたのだった。その愚痴をこぼしながら「好きだったのにー!」と大声を上げだした。
ぼくらは笑いながら声のボリュームを抑えるように言った。住宅街のはずれ、裏は山とはいえ夜の小学校で大声を上げたら不審に思われてしまう。
前言撤回、Tはチューハイたった半分で酔っていたのだ。

その後もしばらく話を続けていたのだが、ふらふらと歩きまわっていたTが急にまた声を上げた。
「なんだおまえ?」

やばい、誰か来たか、とあわてて逃げだす態勢をとったが、目を凝らしても誰もいない。
Tがひとりで「おっ、やんのかおまえ?」と叫んでいる。
よく見ると、小学校のお祭りで使ったものらしい提灯が吊るされていて、Tはその提灯に向かって喧嘩を売っているのだった。
「喧嘩ならやったるぞ。おれボクシングやってんねんぞ」
Tは自分より少し高い位置に吊るされた提灯に向かって、必死に拳をふりまわしていた。
残りの三人は「おまえボクシングやってへんやないか」と云って、漫画のような酔っ払いの姿にげらげらと笑った。

やがてTはグラウンドの上に眠りこけてしまった。
ぼくらはその後も話を続けていたが、少しずつ空が白みはじめた。朝の四時ぐらいだろうか。
「おい、そろそろ帰ろうぜ」と眠っているTに声をかけた。起きない。「人来たらやばいぞ」とゆするが起きない。むりやりまぶたを開けてみるが、まったく起きる気配がない。

これはまずい。焦りはじめた。
ここは小学校のグラウンド。塀を乗りこえて入ってきたのだから、出るときも塀を乗りこえなくてはならない。だがTは熟睡中。
夏休みとはいえ、朝になれば人も来るだろう。見つかったら叱られる。いや、叱られるぐらいで済めばいいが、へたしたら警察沙汰だ。飲酒もばれるかもしれない。高校に連絡→停学というコースもありうる。

新聞配達のバイクのエンジン音が聞こえてきた。まずいまずい。そろそろ人々が起きてくる。
とりあえずぼくらはTをかついで校門へと向かった。「しゃあない、かついで乗りこえさせよう」

男三人がかりとはいえ、まったく意識のない人間をかつぎあげるのはたいへんな作業だ。塀の高さは二メートル以上もある。Tが小柄な男でまだよかった。
まずぼくが塀の上に乗り、人がいないことを確認する。下から二人がかりでTを持ちあげ、同時にぼくがTをひっぱりあげる。
いったんTを塀の上に置いて、落っこちないように身体を支える。その間に下のふたりが塀を乗りこえる。そして塀の上からTを落とし、下でキャッチする……はずだったが、五十キロ以上ある男を落とすだけでもたいへんだ。ずりずりずりっと落としたら、下のふたりがうまくキャッチできずにTは生垣の上につっこんだ。だいぶすり傷をつくったと思うが、それでも起きない。あと十センチずれていたら生垣ではなくコンクリートに頭をぶつけていたところだった。とりあえず胸をなでおろした。

作業を終えると汗びっしょりだった。死体遺棄をしている気分だった。まだTの死後硬直が始まってなくてよかった(死んでねえし)。
代わる代わるTをかついで、そこからいちばん近い友人の家に向かった。明け方だったので、幸い人には見られなかった。
友人の家にTを引っぱりあげた。さんざん苦労をかけたくせに気持ちよさそうに寝ている姿に腹が立って、三人がかりでTの身体に落書きをした。腹、背中、手足に数学の公式を書きならべてやった。「That's カンニング!」


これがぼくの、はじめての飲酒体験だ。
その後あまり酒好きにならなかったのは、このときのたいへんだった記憶があるからかもしれない。



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