とあるミステリ。
人里離れた館に閉じこめられてそこで殺人事件が起こる、というよくあるやつ。
どうやって犯人は誰にも気づかれずに殺人現場まで移動したのか、という話になって館の間取り図が出てきた。
あれっ。
ないっ……!
風呂がどこにもない……!
どういうことだ。
21世紀にもなって風呂なしの家なのか。
年老いた大富豪が晩年を過ごすために建てた館なのに。
まさか銭湯まで通ってるのか、大富豪。
人里離れた館なのに、歩いていける距離に銭湯があるのか。
だとしたら、犯人はこの中にいるとはいえないんじゃないか。風呂屋のおやじも容疑者のひとりなんじゃないか。
大富豪は大の風呂嫌いで、見るのもいやだから館に風呂をつけさせなかったのだろうか。
そうにちがいない。
そんな館に人を招くなよと言いたくなるが。
待てよ……。
間取り図をよく見ると、ないのは風呂だけじゃない!
トイレもないっ……!
そんなはずはない。風呂はともかく、トイレのない館なんてありえない。
図面には書いてない2階があるのだろうか。トイレは2階にだけあるのか。
しかし年老いた大富豪だぞ。
歳をとるとおしっこは近くなるし、そのたびに階段を昇り降りするのはたいへんだ。
そうか。
離れがあるのか。
たしかに、古い日本の家だとそういう造りになっていることもある。便所が離れにあって、庭に出ないと行けないようになっている造りの家。
館というからてっきり洋館かと思っていたが、まさか古い日本家屋だったとは。
謎はすべて解けた!
いやいやいや。
そうなるとまたべつの疑問が。
昨夜は、この館に人の出入りはなかったはずだ。そのことはお手伝いさんが証言している。セキュリティシステムがはたらいているので誰かが出入りしたらわかるはずだと(だから風呂屋のおやじは犯人ではない)。
そして、朝早くに大富豪の死体が発見され、居間に全員集められた。
と、いうことは。
ここにいる全員、昨夜から朝にかけて誰もトイレに行っていないということになる。
全員に「トイレには行けなかった」というアリバイがあるのだ。
どうなってるんだ。平気なのか。
昨夜はごちそうがふるまわれていたぞ。ワインで乾杯もしていた。一晩トイレに行けなかったら、相当尿意もたまっているんじゃないか。風呂がないから風呂場で用を足すわけにもいかないし。
みんな我慢しているのか。
殺人犯におびえている女も、冗談じゃないと怒っているおじさんも、冷静に推理をしている探偵も、そしてばれないだろうかとひやひやしているであろう真犯人も、みんなおしっこを我慢しているというのか。
しかしそうは見えない。
みんな、いたって落ち着いている。
ひとりずつ昨夜の行動を確認している場合じゃないだろう。「おれは部屋に戻る!」とか言う前に、まずはトイレだろう。
なぜ誰も「ちょっとトイレ」の一言を言わないんだ?
まさか、この館の人間は、誰もおしっこを我慢していないのか……?
ということは、なんらかの方法で既に排尿を済ませたことになる。
彼らはいったいどんなトリックを使っておしっこをしたのか……。
謎は深まるばかりだ。
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