貴志 祐介『青の炎』
殺人犯の立場から書かれた小説は、そう珍しくない。ミステリの世界には“倒叙もの”というジャンルがあるぐらいだ。
ただそのほとんどにおいて、殺人犯は読者の共感は集めない。あくまで主役は探偵役であり、殺人犯は(多少の同情の余地こそあれ)許すまじ非道な人物だ。
善良な市民である多くの読者は悪がのさばることを望んでいない。ピカレスクもののストーリーが支持を集めることは難しい。
その難関に挑戦して、見事成功したのが『青の炎』だ。
悪と戦うために自ら悪事に手を染める秀一は、殺人者でありながら、まぎれもないヒーローだ。
ぼくは殺人を犯したことはない(まだ)。
実刑を食らうような罪も犯したことはない(つもりだ)。
なのにというか、だからというか、犯罪者として警察に追われる夢をよく見る。すごく怖い夢だ。追われつづけるのは自分が死ぬよりも怖い。もちろん夢だからすぐに覚めて、ああ夢か、よかったとため息をつく。
その安堵のない日々が続いたらと思うと。
いっそ捕まったほうが楽だとも思うし、でもやっぱり捕まるのもおそろしくてたまらない。
逃げ場のない恐怖。それを嫌というほど味わえる小説。
現実では味わいたくない感情を味わえる。小説の魅力をめいっぱい感じさせてくれる名作だ。
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