2015年9月26日土曜日
【エッセイ】盛っちゃえ睡眠薬
同僚のSさんが、睡眠薬を盛ったらしい。
すごい。
「睡眠薬を盛る」なんて、「魔法をかける」とか「夢をかなえる」と同じくらい現実味のない響きの言葉だと思っていた。
実際にやってしまうなんて。すごい。
「睡眠薬を盛ったことありますよ」とこともなげに語る同僚がなんだかまぶしく見える。現実という檻をひょいと飛び越えたみたいに、足どりも軽やかだ。夢をかなえた人ってこんな感じなんだろうか。
しかしSさんは理知的で落ちついている人だ。とても睡眠薬を盛ってしまうような人には思えない。
「誰に盛ったんですか!?」
「息子です」
「ええっ! それはやはり親子間の骨肉の争いというか……」
「はっはっ。そんなんじゃないですよ。だって息子はまだ九歳ですからね」
「いったいどういうことですか。九歳の息子さんに睡眠薬なんて……」
彼が語ってくれたのはこういう理由だった。
寝つきが悪くて仕事中に眠くなってしまうので病院に行くと睡眠薬を処方された。
睡眠薬を飲んだことがなかったので、これが睡眠薬かとしげしげと見ているうちに疑問がわいてきた。
飲んだ後にどんな様子になるのか。何分くらいで眠りに就くのか。服用後に眠くなったとしても、それは薬効ではなくひょっとしたら「睡眠薬を飲んだ」という思いこみのせいで眠くなるというプラシーボ効果もあるのではないか。
もともと理系の人なので、実験をしてみないとわからない、それも事情を知らない被験者を選ぶ必要がある、と思いたった。
「それで息子さんを選んだわけですか……」
「そうです。しかし実験は失敗しました」
「なぜですか」
「お茶に混ぜて飲ませたのですが、吐きだしてしまったのです。『パパ、このお茶 苦い!』と言って」
「鋭いですね。本能的に察したのでしょうかね」
「いや、これはわたしも知らなかったことなのですが、製薬時にわざと苦い味をつけているようなのです。おそらく悪用されないためでしょうね。わたしのようにこっそり誰かに飲ませようとする人がいてはいけませんから」
「そうですか……」
「まあそれがわかっただけでも発見です。求めていたデータはとれませんでしたが、実験をやった甲斐があったといえるでしょう」
「しかし怖いですね。子どもに睡眠薬を飲ませるなんて……」
「あ、もちろん危険がないように与える量は減らしましたよ。体重から算出したので心配はないです」
「いや、わたしが怖いのはそういうことではなく、もっと道義的なことなんですけどね……」
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