2015年9月7日月曜日

【エッセイ】完全犯罪の憂鬱

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 完全犯罪を成し遂げたことがある。

 中学2年の冬だった。
 社会科の先生が体調不良のため休職することになり、代理で非常勤の教師が来ることになった。
 代理で来るのは若い女の先生らしい。
 彼女がはじめて授業をおこなう日。かしこいぼくは、クラスの男子全員を集めて提案した。
「どうだ、全員の名前と座席をシャッフルしようじゃないか」

 代理の先生はぼくたちの顔と名前を知らない。だから別人の名前を名乗ってもバレないはず、とふんでのことだった。
 そして我々は、それぞれが別人の名前を名乗ることにした。
 ぼくの名前はT木になった。
 ぼくの名前と座席は、M山に貸した。
 学ランに名札が縫いつけてあったため、学ランごと交換するという念の入れようだった。

 よくこんなくだらないことにクラスの男子全員が協力してくれたものだと感心する。
 生徒会役員のやつも、不良のやつも、クラスの人気者も、ほとんど登校拒否のやつも、なぜかそのときだけはみんな協力してくれた。
 文化祭でも合唱コンクールでもばらばらだったクラスが、ようやくひとつになった瞬間だった。

 結果は、大成功だった。
 あたりまえだか代理の先生は変装した男子たちの正体に気づかず、ぼくらは嘘の名前で堂々と自己紹介までしてみせた。
 代理の先生はそれを素直に信じ(クラスの男子全員が偽名を名乗っている可能性を疑う教師がこの世にいるだろうか)、ぼくらは終始笑いをこらえながらその1時間を過ごした。

 なかなか大がかりないたずらだったが、最近友人から「こんなこともあったよな」と言われるまで完全に忘れていた。
 ぼくにとってあまり印象的な出来事ではなかったらしい。
 いたずらというやつは、たいていバレて叱られた思い出とセットで記憶されているものだ。
 とうとうバレることのなかった「学ラン交換」は、ぼくの中で消化されずにどこかへ流れてしまったらしい。

 誰にも知られない完全犯罪なんておもしろくない。
 アルセーヌ・ルパンをはじめとする大泥棒たちがわざわざ犯行予告をする理由が、ぼくにはわかる気がする。

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