2022年7月20日水曜日

【読書感想文】吉田 修一『犯罪小説集』 / 善良な市民による凶悪犯罪

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犯罪小説集

吉田 修一

内容(e-honより)
田園に続く一本道が分かれるY字路で、1人の少女が消息を絶った。犯人は不明のまま10年の時が過ぎ、少女の祖父の五郎や直前まで一緒にいた紡は罪悪感を抱えたままだった。だが、当初から疑われていた無職の男・豪士の存在が関係者たちを徐々に狂わせていく…。(「青田Y字路」)痴情、ギャンブル、過疎の閉鎖空間、豪奢な生活…幸せな生活を願う人々が陥穽にはまった瞬間の叫びとは?人間の真実を炙り出す小説集。

 犯罪に巻き込まれた(あるいは引き起こした)人たちを描いた短篇集。

 いやあ、こういう嫌な気持ちにさせる小説を書かせたら吉田修一氏の右に出る人はそうそういないね。『元職員』も『パレード』も『怒り』も、じんわりと嫌な気持ちにさせられた。

『犯罪小説集』は、どこにでもいるような我々の隣人が、ある瞬間に〝犯罪者〟側に足を踏み入れてしまう様子を丁寧に描いている。フィクションとはおもえないほどの生々しさだ。




 下校途中に行方不明になり、遺体で見つかった少女。その地域の数十年後を描く『青田Y字路』

 目立たなかったかつての同級生が殺人事件を起こしたことを知り、専業主婦が彼女の気持ちに近づいてゆく『曼珠姫午睡』 

 大企業の経営者の子息として生まれ育った男がカジノにはまり、身の破滅へと沈んでゆく『百家楽餓鬼』

 限界集落でのちょっとしたいきちがいから村八分にされてしまった男が連続殺人事件を引き起こす『万屋善次郎』

 かつてのスタープロ野球選手が派手な生活を改められず、借金をくりかえしてやがては殺人事件を引き起こす『白球白蛇伝』


 どれも、モデルとなった事件がありそうだ。大企業の御曹司がカジノで会社の金を溶かしてしまう事件とか、限界集落での連続殺人とか、元プロ野球選手の殺人事件とかは、明確に「ああ、あの事件をモデルにしてるんだな」とわかる。

 いろんな犯罪者が出てくるが、みんな根っからの悪人ではない。たとえば『百家楽餓鬼』の主人公は、カジノで散在する一方で、仕事には熱心に取り組み、休みの日には妻と難民キャンプに訪れてボランティア活動に勤しんでいる。そして心からボランティアに歓びを感じている。

『白球白蛇伝』で描かれる元プロ野球選手も決して悪い人間ではない。家族の期待に応えるためプロ野球選手になり、家族の期待に応えるために引退後も華やかな生活を続けている。友人や後輩との付き合いを大事にし、自分の財布が苦しくてもおごってやる。稼ぎさえ伴っていればいい先輩だ。それを「身のほど知らず」「見栄っ張り」と切り捨てることはたやすいが、誰の心にも彼と重なる部分があるだろう。

 彼は、知り合いの中小企業の社長に借金を断られて撲殺してしまう。冷静な犯罪者であればもっと金持ちを狙い、もっと計画的に殺すだろう。だが彼は「その人を殺してもどうにもならないだろ」と言いたくなる相手を殺す。いかに追い詰められていたか。


 この小説に登場する犯罪者たちとそうでない人を分けるのは決定的な資質の違いではない。ほんのわずかなボタンのかけちがいで、平穏な生活を続ける人も向こう側へ行ってしまう。

 河合 幹雄『日本の殺人』によると、殺人事件の多くは家族間で起きていて、さらに「虐げられている側が強い側を殺す」ことが多いそうだ。まあそうだよね。強い側には殺す理由がないもんね。

 大きなニュースになったりフィクションで描かれるのは「快楽殺人」「金銭目的の殺人」「復讐のための殺人」なんかだけど、じっさいはそんなのは圧倒的少数で、ほとんどは「追い詰められた人がその状況から逃れるために殺してしまう」なのだそうだ。でもそれだと「なんてひどい犯人だ! 死刑にしろ!」というエンタテインメントにならないので、ニュースで取り上げられるのはひどい犯人ばかりだ。

 ふつうの性格のふつうの生活を送っている善良な市民が、些細なきっかけで犯罪に手を染めてしまいます。状況が変われば、殺人犯になっていたのは私やあなただったかもしれません。そんな正しい話はみんな聞きたくないんだよね。




「犯罪者に襲われる恐怖」と「自分が犯罪者になる恐怖」ってどっちが強いだろうか?

 ぼくは圧倒的に後者のほうだ(成人男性だかってのもあるだろうけど)。犯罪をして追われる夢もたまに見る。

 人によっては「自分は、犯罪被害に遭うことはあっても加害者にはぜったいにならない」と信じている人もいるとおもう。そう信じられる人は幸せだ。犯罪者に平気で石を投げつけられるだろう。

 でもぼくは犯罪をする側の気持ちもちょっとわかってしまう。ちょっとしたきっかけで自分もあっち側に行っていたかもしれない。彼らと自分がそんなに違う人間じゃないことも知っている。

 その自覚こそが、ぼくが(今のところ)犯罪者になっていない理由だ。


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