2022年7月22日金曜日

【読書感想文】久坂部 羊『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』 / 求む、ドクター・キリコ

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日本人の死に時

そんなに長生きしたいですか

久坂部 羊

内容(e-honより)
何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるのか?長寿をもてはやし抗加齢に踊る一方で、日本人は平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。多くの人にとって長生きは苦しい。人の寿命は不公平である。だが「寿命を大切に生きる」ことは単なる長寿とはちがうはずだ。どうすれば満足な死を得られるか。元気なうちにさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。


 ぼくが子どもの頃(1990年代)は、まだまだ長寿はめでたいことだった。百歳の双子・きんさんぎんさんが国民的スターとなってテレビでもてはやされていて、百歳は素直に「いいねえ」と言われることだった。

 当時にも介護などの問題はあった。有吉佐和子の『恍惚の人』が刊行されて認知症が話題になったのが1972年のことである(ちなみに2004年に「認知症」という名称がつけられるまでは「痴呆症」あるいは「ボケ」と呼ばれていた。ぜんぜん悪意なく使っていたのだが、今考えるととんでもない呼び方だよなあ)。とはいえ介護はおおむね家庭の問題であった。「このままじゃ老人が増えて働き手が減って社会が立ちいかなくなるぞ」とは言われていたが、切迫した問題として真剣に憂慮している人は多数派ではなかった。

 その後、日本は1994年に65歳以上の人口が14%を超える高齢社会となり、2007年には21%を超える超高齢社会となった。低成長、国際的競争力の低下、増える税金や社会保険料、国家財政の悪化。多くの問題は「高齢者が多いこと」に起因している。




 祖父母の話。

 ぼくの祖父母は仲が良かった。経済的に余裕もあったので、半年に一度ふたりで海外旅行に出かけていた。

 やがて祖父が亡くなった。享年八十四歳。具合が悪くなって病院に行き、がんが見つかって通院。それでもプールに通ったりするほど元気だった。症状が悪化したので入院して、二週間ほどで息を引き取った。年齢も年齢だし、そう悪い最期ではなかったとおもう。親戚だけで葬儀をおこなったが、残された子や孫たちも「まあ天寿をまっとうできたんだから幸せな人生だったよね」という感じでしんみりしていないお葬式だった。

 だが祖母にとってはショックだったらしい。その後ずいぶん落ち込み、娘に対して「私も一緒に逝きたい」などと漏らすようになった。そして半年後、認知症を発症した。夫を亡くして気落ちしたことや、ひとり暮らしになって会話が減ったことなども原因かもしれない。

 祖母は、遠く離れた長男(つまりぼくの伯父)のところで暮らすことになった。それはもう大変だったらしい。介護をしている長男夫婦をなじったり、暴れたり。ものをなくし、長男夫婦に盗まれたとふれまわる。身体は元気だったので徘徊して迷子になる。ぼくにもよく電話がかかってきた。自分からかけてきたのに「誰?」などと言っていた。孫のことも忘れかけていた。

 それから十数年。祖母はまだ存命だ。九十八歳。孫のことはおろか、子どものことも忘れているらしい。こないだ倒れて意識を失ったが、病院で手当てを受けて一命をとりとめたらしい。

 その話を聞いてぼくはおもった。「死なせてやればよかったのに」と。

 ことわっておくが、ぼくはおばあちゃんが好きだ。いや、好きだったといったほうがいい。祖母がぼくのことを記憶から失った時点で、ぼくにとっても祖母は過去の人になった。孫や子の存在を忘れ、周囲の人を泥棒呼ばわりする人はぼくの好きだったおばあちゃんではない。


 祖父母の死は対照的だ。まだ元気に動きまわれるときに癌になり、あっという間に亡くなった祖父。認知症になり、家族の記憶も優しい心も忘れた状態で二十年近く生きている祖母。長生きしているのは祖母のほうだが、どっちが幸せな晩年かといわれたら比べるまでもない。

 ぼくもすっかりおっさんになって、認知症も他人事ではなくなった。友人からも、認知症の祖母の介護に苦しんだという話を聞く。

 そうした話を聞くたびに、つくづくおもう。長生きなんてするもんじゃない、と。




『日本人の死に時』では、医師として終末医療に携わっている著者が見た残酷な現実が書かれている。

 脳梗塞で意識を失った八十代の患者。入院後、胃ろう(チューブで直接胃に栄養を送りこむ措置)をつけられたが意識は失ったまま。娘たちが自宅で介護をしたものの褥瘡ができ、手足の関節も曲がったまま固まり、髪の毛も抜け落ち、意識が戻らないまま八ヶ月が経ち、亡くなった。

 かけがえのない母親ですから、必死で看病するのは当然でしょう。しかし、私は診察に通いながら、痛ましい気持でいっぱいでした。胃ろうなどつけなかったら、もっと早く楽に逝けたのに……。でも、もちろんそんなことは口には出せません。
 むかしはものが食べられなくなれば、自然に静かに死んでいました。今は鼻からチューブを入れたり、胃ろうを作ったりしてさまざまな栄養剤を与えます。消化吸収ができなくなれば、点滴や高カロリー輸液で補います。
 食事だけではありません。呼吸も、循環も、排泄も、あらゆる生理機能が人工的に補助されるようになって、人間はなかなか自然に死ねないようになってしまいました。長生きへの欲望を無批判に肯定したため、命を延ばす手だてだけが飛躍的に増えてしまったのです。命はただ延ばせばいいというものではありません。どんなふうに延ばすかが問題なのに、医学はその視点をあまり重視してこなかった。

 結果論ではあるけれど、意識が戻らないまま八ヶ月看病を続けてそのまま亡くなるのであれば、「あのとき胃ろう処置をせずに逝かせてあげればよかったのでは」とおもうのではないだろうか。意識不明状態で八ヶ月活かされた当人も、意識のない人の介護を続けた娘たちも、どちらにとっても不幸な延命処置だとしかおもえない。


 著者は、多くの高齢者が「早く死にたい」とこぼすのを聞いている。身体の不調で痛く苦しい日々を送り、今後悪くなることはあっても良くなる見込みはない。けれど自ら命を絶つことはしたくない。

 本人は長く生きたくない。親身に看護・介護をしている家族も口には出さなくても「早く解放されたい」と願う。寝たきり生活がなくなれば医療費も抑えられる。長生きしないことは三方良しにおもえるが、たいてい口を挟むのは無関係な人だ。

 病院嫌いで本人が入院を望んでいなかったのに、半ば無理やり入院させられてしまった男性の話。

「病院へ行くと、すぐレントゲンを撮って、血の検査やら点滴やらがはじまりました。わたしは主人の苦しみを取ってほしいだけだったのに、こちらの希望は聞いてもらえませんでした。人工呼吸器だけはつけずにしてもらいましたが、酸素マスクはさせられました。主人はそれをいやがり、何度も自分で取るんですが、先生に叱られるのでわたしが無理やりつけなおして……」
 入院したかぎりは、病院側も治療をせざるを得ないのでしょう。苦しみだけ取って、あとは何もしないでというわがままは通してもらえないのです。良成さんはステロイドや抗生物質を投与され、強心剤の点滴もされて、死ぬに死ねない状態で二週間を過ごしたのでした。
 途中で意識がはっきりしたとき、良成さんは「帰る」と叫んで暴れたそうです。奥さんは連れて帰りたかったのですが、親戚が反対した。死にかけているのに、家に帰るなんて無謀だ、どうして最後まで治療をしないんだ。親戚に強くそう言われると、奥さんひとりではどうしようもなかったそうです。ふだん病気から遠いところにいて、現実を知らない人の善意は、なんと怖いものでしょう。

 当事者でない人は「かわいそうじゃないか」「まだ生きられる人を見捨てる気か」と口にする。言うだけならタダだから。金を出し、時間を割き、二十四時間体制で介護をするのは自分じゃないから。

 長く入院してもらえれば病院は儲かる。寝たきりで後は死ぬのを待つばかりの患者なんて、病院からしたらいいお客さんだろう。チューブにつないでおくだけで治療らしい治療はしなくていいし、もともと死ぬ間際なのだから死んだからといって病院が責められることもない。国からがっぽがっぽお金が入ってくる。

 多くの高齢者が、長生きをしているというより「長く生かされている」状況だ。




 もちろん、健康で楽しく長生きできるのであればすばらしい。だが現実には多くの長生きが幸福に結びついていない。

 現在、日本の健康寿命は、男性が七二・三歳、女性が七七・七歳。平均寿命は、男性が七八・四歳、女性が八五・三歳です(「世界保健報告」二○○三年)。その差、すなわち男性で六・一年、女性で七・六年が、介護を要する期間となります。-平均寿命と健康寿命の差を短くすれば、介護の需要は減るわけです。そのためにはどうすればいいか。
 平均寿命が延びたのは、医療のおかげであるのはまちがいないでしょう。しかし、医療は健康寿命は延ばしません。健康な人は病院へは行かないのですから。
 病院へ行って、無理に命を延ばすから、平均寿命が延びる。だから健康寿命との差が広がり、介護の需要が高まる。医療が延ばす命は、点滴やチューブ栄養、人工呼吸やさまざまな薬剤によるものです。そうやって延ばされた命は、決してよいものではありません(私が言っているのは、健康な時間を十分に過ごしたあと、老いて身体が弱った人の話です。若くして事故や難病に倒れ、医療の支えで生きている人はもちろん別です)。
 老いて身体の不具合が出てから、無理やり命を延ばされても、本人も苦しいだけでしょう。そこで私は、ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢を、提案しようと思います。

 こういう提案を医師が提案するのは、たいへん勇気がいるとおもう。世の中には「医者は患者を少しでも長生きさせるものだ」とおもっている人がいる。きっと非難も浴びただろう(この本の刊行は2007年)。それでも、きれいごとでお茶を濁さずに長生きの悪い面をきちんと書いたことを称えたい。

 著者は「現代人は生きすぎなんじゃないか」と言う。ぼくもそうおもう。同じようにおもっている人は多いだろう。寝たきり老人が増えて得をするのは病院や介護施設の経営者ぐらいだろう。でもみんな「もっと早く死んだほうがいい」とは大っぴらには言わない。「高齢者にも安心して暮らせる国づくりを」ときれいごとを口にするばかりだ。

 死にたいのに死ねない人も、その家族も、介護をする人もみんな困っているのに外野が無責任に「尊い命を見捨ててはいけない」と言うせいで事態は改善しない。夫婦別姓や同性婚の問題と同じだ。困っている当事者がなんとかしてほしいと願っていても、まったく無関係な人間の「昔からのやり方を変えたくない」で潰されてしまう。




 延命治療はしたっていいけど、保険適用外にしたらいいのにね。やりたい人は自腹でやればいい。家族も「だったらやめます」と言いやすくなるし、病院だって無理な延命を勧めなくなるだろう。

 出産費用が保険適用外なのに、百歳の延命治療が保険適用なのは意味わからない。今は高齢者ほど自己負担比率が低いけど、逆にすべきだとおもうんだよね。若い人ほど負担を減らしてあげなきゃだめでしょうよ。

 医者の仕事は「健康にすること」であって「不健康な状態を長引かせること」じゃないとおもうんだけどね。


 漫画『ブラック・ジャック』にドクター・キリコという医師が出てくる。 「死神の化身」と呼ばれ、患者の求めに応じて安楽死させる悪役として描かれる。ぼくも子どもの頃は悪い奴だとおもっていたけど、今にしておもうとなんてすばらしい医者なんだろうとおもう。

 ドクター・キリコはむやみに殺すわけではない。治る見込みがなく、苦しんでいる患者で、かつ当人や家族の依頼を受けた場合だけだ。若い自殺志願者の安楽死は拒否するし、誤って毒を飲んでしまった人は緊急手術をおこなって助ける。助けた後は「命が助かるにこしたことはないさ」とつぶやく。彼は情がないから安楽死をさせるのではなく、逆に苦しむ患者を救うために安楽死という手段をとるのだ。その証拠に実父が難病に冒されたときにもやはり安楽死させようとするし、さらには自らが謎の菌に感染した際には菌の拡散を防ぐために無人島に己を隔離して安楽死しようとする。

 いやほんと、すばらしい医者だよ。金さえもらえればどんなやつでも(たとえその後死刑になることがほぼ確定している犯罪者でも)助けるブラック・ジャックよりよっぽど人道的だとおもう。

 今の時代に必要なのは、ドクター・キリコのような医者かもしれない。




 早いうちに自分の寿命を決めたらいいと著者は提唱する。七十九歳の人が「八十まで生きたら生にしがみつくのはやめよう」とおもってもむずかしいだろう。だが六十歳の人なら心の準備ができる。四十歳ならもっと。

 だからぼくも、自分の終わりを七十歳ぐらいに決めたいとおもう。それぐらいになったら孫もそこそこ大きくなっているだろう(順調にいけば)。孫に「近しい人の死」を身をもって教えるのが最期の大仕事だとおもっている。

 もっとも七十歳になってしまったら自殺するということではない。内臓の検査や治療をやめて、人生の店じまいの準備をすすめていきたいと考えている。

 まあじっさいその年齢になったら意地汚く生きることにしがみついてしまうのかもしれないけど。


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