2022年7月11日月曜日

【読書感想文】村上 龍『「わたしは甘えているのでしょうか?」 〈27歳・OL〉』/ 悩みはつまり「めんどくさい」

このエントリーをはてなブックマークに追加

「わたしは甘えているのでしょうか?」
〈27歳・OL〉

村上 龍

内容(e-honより)
「やりがいのある仕事についた友人に嫉妬する私をどう思いますか」「彼氏いない歴3年の26歳。将来が不安なのです」「同じように1万円使うなら、何に使えば『自分磨き』に有効ですか」―生活費、職場での人間関係、就職や転職などの若い女性の「バカバカしくも切実な悩み」に村上龍が全力で向き合った、希望と出合うヒントに満ちたQ&A集。

 若い女性からの悩みに村上龍氏が答えるという人生相談。

 村上龍氏に悩みを相談するってどうなんだ。いや小説家としては好きだけど。ふつうの人とはいろいろと感覚ずれてるような気がするぞ。会社勤めもしたことないし。でもそこがいいのかな。

 まあどっちにしろ、会ったこともない人に人生相談をする人の気持ちはぼくにはわからんけどね。




 仕事を続けていくべきか不安だ、という悩みに対する回答。

 本当はわかっているんです。彼女が何をしたいのか、僕にはわからないけれど、本人にはわかっている。でもそれを自覚するのが怖かったり、面倒だったりするから、おっくうになっている。
 やりたいことがはっきりしたら、そのためにすべきことは決まってしまいます。行動を起こさなければならないわけです。それりも曖昧な不安の中にいるほうが、ずっと居心地がいい。
 自分の人生について、いろいろな思いがある中から何かひとつを選ぶというのは、大げさに言えば人間の自由です。自由というのは面倒くさい。むしろ自由を取り上げて、「ああしろ、こうしろ」と指示されるほうがラクな場合だってあります。
 昔から人生相談というのはそういうものなのですが、こういう相談を誰かにするということは、どこかで「悪くない会社だから我慢しなさい」とか、「思い切って転職してみたら」とか、言われることを望んでいるんだと思います。そうすれば自分で考えなくてすむからです。でも、「自分は何がしたいのか」がわからない限り、何のアドバイスもできないんです。

 ずいぶん身もふたもない話で、「それを言っちゃあ人生相談が成立しないんじゃないの」と言いたくなるけど、こういうことを言っちゃうのが村上龍らしいというか。

 まあみんなそうだよね。相談した時点で、求めている答えはすでにある。表題の「わたしは甘えているのでしょうか?」は「そんなことないですよ」と言ってほしいだけなんだろうしね。

「今の仕事を続けていていいのか」と悩むってことは、「このままじゃたぶんよくない」ことは本人もわかってるんだろう。

 だったらさっさと転職活動をするなり独立するなり資格をとるなりすればいいんだけど、めんどくさいし今より悪くなる可能性もある。だから悩み相談をする。何かをやった気になるために。今より良くなるかどうかなんて自分自身でもわからないのに、会ったこともない人にわかるわけがない。


 人間にとって「めんどくさい」って気持ちは相当大きなものだとおもう。ほとんどの悩みは「めんどくさい」に帰結するんじゃないだろうか。転職するのはめんどくさい、離婚するのはめんどくさそう、嫌な人に注意したらめんどくさいことになるかもしれない……。




「サラリーマンと、年下のフリーター。どちらとつき合うのが有利でしょう。親からは、本当に好きな男性と結婚しなさいと言われています。」
という悩みに対する回答。

この人は2人の中から好きなほうを選べる立場なんだと思っているようですが、本当にそうなんですかね。どちらにしようか迷っているということは、どちらもそんなに魅力がないということじゃないですか。どうしようもない男を2人も抱えてしまっているという視点も必要なんじゃないでしょうか。

 はっはっは。痛快!

 たしかになあ。コメディみたいに、二人の男が花束を抱えて「ぼくと結婚してください!」と言ってきたのならともかく、現実は単に二股かけているだけ。なぜ二股をかけるかといったら、どっちも最高の相手じゃないからだろう。

 こっちが二股をかけているように、相手のほうだって本気かどうかわからない。案外、二人とも「おまえとは身体の関係なだけで結婚とかは考えられないから」みたいな気持ちかもしれないよね。




 わりとドライというか、突き放すような回答が多い一方で、やっぱり村上龍もひとりのおっさんなのねえとおもう回答も。

 社長の親戚でコネ入社した上司からのパワハラに悩まされているという質問に対して。

 怒鳴るのも一種の暴力で、特定の人をターゲットにして、延々と怒鳴るのだったら、それは間違いなく暴力だから、訴えたほうがいいと思います。あまりにもそのストレスが大きくて仕事にならないなら、同僚と話し合って対策を考える、とか。いまは労働組合も力がないから、やり方はむずかしいかもしれないけど、黙って辞めることはないと思いますよ。
 そこまで深刻ではなくて、動物園のトラみたいに、ただグルグル回りながらワァワア言ってるだけだったら、「また始まった」と思って嵐が過ぎ去るのを待つ、という解決が現実的です。「どうせこいつはバカなんだから」と思って、やりすごすことができればいいんですけどね。
 上司は元開発部門? エンジニアなのかな。好意的に考えれば、ずっと理科系でやってきて、畑違いのセクションに回されて、イライラしてるのかもしれない。彼の得意分野のことでも質問してみたらどうですか。
 要は、プライドをくすぐってあげるわけですが、男は案外単純だから、いい改善があるかもしれませんよ。

 いくらなんでもこの回答はないだろう。

 パワハラには耐えなさい、そのつらさを軽減できるよう自分をごまかしなさい。これでは「奴隷の処世術」だ。

 こういう回答を聞いても何にもよくならないでしょう。「奴隷には奴隷の楽しさがあるからがんばってそれを探しましょう」って言われても。

 現実問題として上司が変わることはないだろうし、社長のコネで入社したんなら社内で解決するのはまず無理だろうし。録音して裁判して……とかいう道もないではないけど、それをして居心地のいい職場になるとはおもえないし。そもそもそんなことできる人なら相談してないだろうし。

 でも、「さっさと転職しなさい」ぐらいは言ってあげるべきじゃないのかね。「強者」である中高年男性の回答だなあ。




 あまりテレビや雑誌にヒョコヒョコでてくる人は信用しないほうがいい。本当にハッピーで充実していたら、べつにでる必要はないですから。これは偏見かもしれないけど、タレントでもないのにテレビにでる人って、すごく変な感じがするんです。
 ある意味で自分のプライバシーを売っているわけだから、基本的に寂しい人なんです。そういう人に影響を受けるのはよくないと思う。

『カンブリア宮殿』に出ていて、「作家としてはメディアによく出るほう」の村上龍がそれを言うかというのはおいといて……。


 ぼくには姉がいる。弟のぼくが言うのもなんだけど、すごく充実した人生を送ってる人なんだよね。明るくて、友だちが多くて、家庭円満で(たぶん)、仕事も大好きで、資格取ってどんどんキャリアアップしていて、地域の行事とかにも積極的に参加していて、家事も楽しんでいて、遊びにも出かけていて……とほんとにキラキラした人生を送っている人だ。ぼくとはぜんぜんちがう。

 で、その姉はSNSをやっていない。いやmixiもFacebookもやっていてぼくにも友だち申請が来たけど、まあ絵に描いたような三日坊主でまったくログインしていない(その証拠にこないだFacebookのアカウントを乗っ取られてサングラスの宣伝とかしてたのに本人は気づいてなかった)。あまりパソコンやスマホを使っていないらしい。仕事の連絡とか写真を撮るとかぐらい。

 何が言いたいかっていうと、ほんとに人生充実してる人ってのは、TwitterやInstagramやFacebookでたくさん発信してフォロワーいっぱいいる人じゃなくて、そもそもSNSをやっていない人なんだとおもうんだよね。人生が忙しくて楽しくてSNSをやる暇もないし、やる理由もない。「いいね」を集めなくても、仕事や家族や友だちや地域の人とのつながりで承認欲求が満たされるから。




 読む前は「なんで村上龍に人生相談するんだろう」とおもったけど、読み終わった後はもっと「なんで村上龍に人生相談するんだろう」とおもった

 ほんと、冷たいんだもん。「まあそんなもんですよね」ぐらいで済ませてまともに答えてないのも多いし、答えてるやつにしても「これは質問者が望んでいた答えじゃないんだろうな」と感じるようなものも多い。

 親身になっていない、それどころか親身になっているフリすらしていない。そこがある意味誠実と言えば誠実なんだけど。

 ぼくだったら、仮に人生相談したくなったとしてもこの人には相談しないなあ。鴻上尚史さんのほうがいいな。


【関連記事】

【読書感想文】一歩だけ踏みだす方法 / 鴻上 尚史『鴻上尚史のほがらか人生相談』

【読書感想文】老人の衰え、日本の衰え / 村上 龍『55歳からのハローライフ』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿