長女が五歳のとき。
保育園の友だち何人かが鉄棒のさかあがりをできるようになった。娘はできない。
公園の鉄棒で練習をするが、できない。
傍から見ているとぜんぜんできそうな気がしない。身体と鉄棒が離れている。これではどれだけ脚を上げても回れるわけがない。
自分も子どものときのことを思いだした。
ぼくもさかあがりができなかった。二年生のときだったか。クラスの半分以上はできるようになっていたので、あせっていた。
母と姉と公園で練習した。母や姉から「がんばれ!」「もっと蹴って!」「もっと脚上げて!」などと言われるが、どれだけ言われてもぜんぜんできるようにならない。がんばってできれば苦労はしない。
結局できるようになったのだが、できたときのことはちっともおぼえていない。おぼえているのは、母や姉から叱咤された嫌な思い出だけだ。
自分がした嫌な思いを我が子にさせたくない。がんばっている人に「がんばれ!」なんて言いたくない。
スマホで「さかあがり コツ」で検索した。すぐにいろんな記事が見つかった。とにかく腹筋が大事なのだとわかった。腹筋が弱いと脚が上がらない。脚が上がらなければ回れない。
腹筋を鍛えるための運動方法も載っていた。仰向けに寝そべり、脚を上げる。脚を地面すれすれまで下ろし、数秒静止。その後ゆっくり上げる。これがいいらしい。
風呂上がりに、娘といっしょにこの運動をする。二週間ぐらいやっているとあっさりさかあがりができるようになった。
実にかんたんなことだった。必要なのは鉄棒の前でがんばることじゃない。もっと蹴ることじゃない。もっと脚を上げようとおもうことじゃない。毎日の腹筋運動だった。
ぼくたちは、さかあがりをするときも、自転車に乗るときも、野球をするときも、身体の動かし方なんて意識していない。何も考えずにやっている。だから教えられない。
おまけに、扱えるのは自分の身体だけだ。自分より手足の短い身体や、軽い身体や、筋力の少ない身体の扱い方はわからない。
そんなド素人が、子どもに身体の動かし方を教えるのはむずかしい。
だけど今は教えるプロの書いたものを、ごく手軽に、かつ無料で読めるようになった。いい時代だ。動画で観ることもできる。
同じようにネットでコツを検索して、ぼくは娘に自転車の乗り方や一輪車の乗り方やテニスのラケットの振り方を教えた。
おかげで娘は、スポーツ全般が「得意でもないが苦手でもない」ぐらいになっている。ぼくが子どものときは中の下ぐらい、妻は下の中ぐらいだったそうなので、それをおもえば上出来だ。
「できる」と「教えられる」はまったくべつの能力なのに、前者ができれば後者もできると勘違いしてしまいがちだ。
教師ですら勘違いしている人が多い。ぼくが小学生のときには「さかあがりができなければ腹筋を鍛えろ」なんて教えてくれる先生はいなかった。
子どものときのぼくに教えてあげたかった。
そしたら今頃ぼくの名前のついた鉄棒の技ができていたのに。
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