左手に告げるなかれ
渡辺 容子
ああ、江戸川乱歩賞っぽいなあ。というのが読んだ感想。
知らない人のために解説しておくと、江戸川乱歩賞ってのはミステリ小説の新人賞なんだけど、賞金が破格の1000万(2022年からは賞金500万円)ということもあってめちゃくちゃレベルが高い。文学新人賞の中では最高難易度の賞だ。たぶん芥川賞よりもとるのが難しい。文学界のM-1グランプリだ。
というわけで、江戸川乱歩賞受賞作というのはただおもしろいだけでなく、「構成がよくできている」「題材が新しい」「丁寧な取材がされている」などあらゆる面ですぐれていないと受賞できない。そのため受賞作は数年かけて書かれていることもザラである。たとえば 井上 夢人『おかしな二人 ~岡嶋二人盛衰記~』 によると、岡嶋二人が乱歩賞に応募をはじめてから受賞までには七年かかったそうだ。もちろん七年かけても受賞できない人が大半なのだが。
『左手に告げるなかれ』も、乱歩賞受賞作の例に漏れず細部までよくできたミステリだ。
主人公はスーパーの保安士。いわゆる万引きGメンだ。社内不倫が原因で大手企業を退職することになった過去を持つ。
あるとき、主人公のもとにかつての不倫相手の妻が殺されたことを知る。そして自分に容疑がかかっていることも。身の潔白を証明するために調査に乗りだした主人公。
すると同じく事件を探っていた探偵から、被害者女性以外にも殺人事件が多発していたことを聞かされる。被害者に共通しているのは、急成長中のコンビニチェーンのスーパーバイザーであること。はたしてコンビニチェーンと事件にどうつながりがあるのか。そして現場に残されたメッセージ「みぎ手」と、被害者たちが口にしていた「四時間を潰すために戦う」という謎の言葉の意味とは……。
「万引きGメン」「不倫の過去」「コンビニチェーンの強引な手法」「連続殺人事件」「ダイイングメッセージ」「訳あり風の探偵」「アリバイトリック」と、これでもかと要素をつめこんだ作品。それでいて煩雑にならずスピード感のあるミステリにしあげているのだから、乱歩賞受賞も納得の作品。
万引きGメンやコンビニ業界に関する知識(1996年刊行なので今となっては古いが)、意外な犯人、主人公をとりかこむ濃いキャラクター、しゃれたタイトルなどどれをとってもよくできている。
が、この小説は嫌いだなあ……。
その理由はただひとつ。「気の利いた言い回しをしようとしているのがうっとうしい」ことだ。
村上春樹くずれというか、ハードボイルド作品の登場人物くずれというか。
これでもかといわんばかりの比喩の羅列。
これだけの文章に、「感慨をゴミに例える」「霞んだ視界を目薬を注いだ直後に例える」「刑事の顔を老婦人に例える」と三種類の比喩が使われている。そしてだめ押しのように、「感慨をゴミに例える」をしつこくもう一度。暗喩、直喩、直喩、暗喩。
ああ、うんざりだ。鼻につくなんてレベルじゃない。強烈な悪臭を放っている(釣られてこっちまで比喩を使ってしまった)。
比喩って本来、わかりやすくするためのものなんだよ。文字だけで伝えるために、比喩によってイメージを喚起させる。でもこの人は「どやっ、気の利いた言い回しでっしゃろ?」と己の才気を見せつけるために比喩を多用している。わかりやすくさせることなんてこれっぽっちも考えていない。この文章から比喩を消したほうがどれだけわかりやすくなるか。
過剰な比喩だけでなく、ウィットとアイロニーたっぷりの台詞も気持ち悪い。しかも、ひとりやふたりではなく、ほとんどの登場人物がハードボイルド作品みたいな台詞を吐く。全員が全員「うまいこと言える自分」に酔っているのだ(もちろんほんとに自分に酔いしれているのは作者なんだけど)。
比喩とかウィットに富んだ台詞って中毒性があるから、使ってると比喩を使うことが目的になっちゃうんだろうね。
作者がどや顔をするためだけに濫用された比喩や言い回しをなくせば、三分の二ぐらいの分量になってぐっと読みやすくなったとおもうんだけどね。
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