2021年11月12日金曜日

【読書感想文】ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』

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ファスト&スロー

あなたの意思はどのように決まるか?

ダニエル・カーネマン(著)  村井 章子(訳)

内容(e-honより)
整理整頓好きの青年が図書館司書である確率は高い?30ドルを確実にもらうか、80%の確率で45ドルの方がよいか?はたしてあたなは合理的に正しい判断を行なっているか、本書の設問はそれを意識するきっかけとなる。人が判断エラーに陥るパターンや理由を、行動経済学・認知心理学的実験で徹底解明。心理学者にしてノーベル経済学賞受賞の著者が、幸福の感じ方から投資家・起業家の心理までわかりやすく伝える。

 人間の思考・行動がいかに不合理であるかを〝ふたつのシステム〟をキーワードに解き明かした本。

 人が判断をするときは、「俊敏だけどまちがいやすいシステム1」と「合理的だけど怠惰で疲れやすいシステム2」のふたつのシステムを使っていると著者は説く。


 たとえば

ボールとバットを1つずつ買いました。合計で110ドル、バットはボールより100ドル高い値段でした。バットはいくら?

という問題を出されたとする。
 このとき、多くの人は「100ドル」とおもってしまう。
 だが、よく考えればこれは間違いだとわかる。答えは105ドルだ。かんたんな二元一次方程式の問題だが、多くの人がまちがえてしまう。

 これは、連立方程式が得意なシステム2よりも、直感で答えを探すシステム1のほうが素早く発動するからだ。

システム2が他のことにかかり切りのときは、私たちはほとんど何でも信じてしまう、ということだ。
 システム1はだまされやすく、信じたがるバイアスを備えている。疑ってかかり、信じないと判断するのはシステム2の仕事だが、しかしシステム2はときに忙しく、だいたいは怠けている。実際、疲れているときやうんざりしているときは、人間は根拠のない説得的なメッセージ(たとえばコマーシャル)に影響されやすくなる、というデータもある。

 システム1は往々にして間違える。システム2も間違いを犯すが、システム1は頻繁に間違える。

 だったらシステム2だけを使えばいいじゃないかとおもうかもしれないが、そうもいかない。システム2は賢いけれど、怠けものだ。

「正解だったら1万円あげます。不正解なら1万円の罰金です」といった条件でもないかぎりは、システム2は出動しようとしないのだ。




 さらにシステム2はすぐに疲れてしまう。ことあるごとに機能不全に陥る。

 いくつかの数字を覚えておくように、と命じられているときにデザートを見せられると、カロリーの高そうなケーキを選ぶ確率が上がったそうだ。

 システム2が忙しいと「カロリーの高いケーキは控えないと」といった判断ができなくなるのだ。

 認知的に忙しい状態では、利己的な選択をしやすく、挑発的な言葉遣いをしやすく、社会的な状況について表面的な判断をしやすいことも確かめられている。頭の中で数字を覚えて繰り返していることに忙殺されて、システム2が行動ににらみを利かせられなくなるためだ。もちろん、認知的負荷だけがセルフコントロール低下の原因ではない。睡眠不足や少々の飲酒も同様の効果をもたらす。朝型の人のセルフコントロールは、夜になるとゆるむ。夜型の人は逆になる。今やっていることがうまくいくだろうかと心配しすぎると、実際に出来が悪くなることがある。これは、余計な心配で短期記憶に負荷をかけるからだ。結論は、はっきりしている。セルフコントロールには注意と努力が必要だということである。だからこそ、思考や行動のコントロールがシステム2の仕事になっているのである。

 専門家であっても、システム2が怠けることからは逃れられない。

 仮釈放申請審査官が仮釈放申請を許可するかどうかを時間帯別に調べたところ、審査員の休憩後は仮釈放の申請が通りやすくなり、休憩時間前には却下されやすくなったそうだ。
 仮釈放は基本的に却下されるため、疲労や空腹によって「基本通り」という判断が下されやすくなったわけだ。仮釈放を許可するには相応の理由を考える必要があるため、システム2の働きが弱っているときは許可されにくいわけだ。

 他人の人生を大きく変える決断であっても、空腹や疲労という単純な要因によって左右されてしまう。人間の判断がいかに当てにならないかを教えてくれる。

 そういやぼくも大学時代に模試採点のアルバイトをしたことがあるが、途中から採点基準が変わってしまうことがあった。午前中は○にしていたけど、夕方は×にしてしまう、というように。あれもシステム2の働きが弱っていたためなんだろう。

 カルト宗教やマルチ商法などが合宿や長時間セミナーを開催するが、あれも疲れさせてシステム2を働かせないためなんだな。




 システム2は空腹や疲労にも弱いが、逆に幸福にも弱い。

 しあわせな気分のときは直感が冴え(つまりシステム1の働きが優先され)、論理エラーを犯しやすくなるそうだ。

しあわせな気分のときは、システム2のコントロールがゆるむ。ご機嫌だと直感が冴え、創造性が一段と発揮される一方で、警戒心が薄れ、論理エラーを犯しやすくなる。ここでもまた、単純接触効果と同じように、生物学的な感知能力との密接なつながりが見受けられる。上機嫌なのは、ものごとがおおむねうまくいっていて、周囲の状況も安全で、警戒心を解いても大丈夫だからである。逆に不機嫌なのは、ものごとがうまくいっておらず、何か不穏な兆候があり、警戒が必要だからである。つまり認知容易性は、しあせな気分の原因でもあれば結果でもあると言うことができる。

 被験者にひっかけ問題を出題したとき、小さいフォント・かすれた印刷の問題用紙を渡したほうが正答率が高かったそうだ。

 認知負担を感じる → システム2が機能 → 注意深くなった というわけ。
 ストレスを感じるのも悪いことばかりではない。


 社会って基本的に「人間は合理的な生き物で、判断は首尾一貫している」という前提で設計されているけど、ぜんぜんそんなことないんだよね。

 天気がいいとか朝食を食べすぎたとかの些細なことで、判断基準は揺らいでしまう。


 他にも、人間の判断がいかに不正確かを示す調査結果が次々に報告される。

 学校補助金の増額案に賛成か反対かの投票。投票所が学校の場合、そうでない場合より賛成率が高くなった。

 ベテラン裁判官に、万引きで逮捕された女性の調書を読んだ上で、サイコロを振ってもらう。サイコロには仕掛けがしてあり、3か9しか出ない。刑期(ヶ月)は出た目より長くすべきか短くすべきか答える。最後に、刑期を決める。
 すると、9が出たグループの裁判官が提示した刑期は平均8カ月、3が出たグループは平均5ヶ月だった。サイコロの目を意識しただけで、判決がそれに引っ張られてしまうのだ。
(ということは、裁判の供述で「半年」「1年」などのフレーズを多用すれば、刑期が短くなりやすいということだな。これはぼくが被告人になったときのためにおぼえておこう)




 システム1/システム2の話とはあまり関係がないが、おもしろかったのは
「極端なケースは大きい標本より小さい標本に多くみられる」
という話。

 たとえば、全国の公立小学校で一斉学力テストをしたとする。
 すると、成績上位10校に入ったのは、生徒数の少ない学校ばかりだった。
 なるほど、少人数学級は成績を向上させるのだな……と考えるのは早計だ。
 逆に成績下位10校を見てみると、こちらも生徒数の少ない学校ばかり。

 なぜなのか。

 たとえば、サイコロを2個振って出目の平均が1になることは、さほどめずらしくない。1/36の確率だ。
 だがサイコロを100個振って平均1になることはまずありえない。
 100個振れば平均は3.5に近い値になるはずだ。

 つまり、標本の母数が少ないほど極端な値になりやすいというわけ。
 特に学力テストなんかだと、上位は話題になるけど下位は話題になりにくいので、より「少人数クラスは成績を引き上げる」という単純な結論につながりやすい。

 これは知っておくと、いろんなことにだまされずに済みそうだ。




 人間がいかに誤った判断を下すかを知っておくと、致命的な失敗を犯すのを防いでくれる……かもしれない。

「確実に5万円もらえるか、50%の確率で10万円もらえる」 なら前者を選ぶ人が多く、
「確実に5万円払うか、50%の確率で1円も払わなくて済むか」なら後者のギャンブルを選ぶ人が多い。ほんとはどちらも同じ期待値なのに。
 人間は損をしたくない生き物なのだ。
「1万円の損と0円の損」は大きい違いだが、それに比べると「5万円の損と4万円の損」はさほど大きな違いではない。

 だから八方ふさがりになった人ほど一か八かの賭けに出る。100万円持っている人が全財産を競馬に賭けることはめったにないが、200万円の借金がある人が100万円手にすればギャンブルで一発逆転を狙ってしまう。

 株の売買も同じこと。株の勝率を上げることは「なるべく売買をしないこと」だそうだ。売買を頻繁におこなう人ほど、負けたくないあまり、短期的な損失を免れようとすると無謀な挑戦をおこなってしまう。手数料も取られるしね。


 そしてプロジェクトが失敗してもなかなか手を引けない。100億の損を取り返そうとして、200億の損失を招いてしまう。

 リスクを伴うプロジェクトの結果を予測するときに、意思決定者はあっけなく計画の錯誤を犯す。錯誤にとらわれると、利益、コスト、確率を合理的に勘案せず、非現実的な楽観主義に基づいて決定を下すことになる。利益や恩恵を過大評価してコストを過小評価し、成功のシナリオばかり思い描いて、ミスや計算ちがいの可能性は見落とす。その結果、客観的に見れば予算内あるいは納期内に収まりそうもないプロジェクト、予想収益を達成できそうもないプロジェクト、それどころか完成もおぼつかないプロジェクトに邁進することになってしまう。

 そうですよねえ。多額の税金をドブに捨ててくれた東京オリンピックの実行委員会さん。




 わくわくするほどおもしろいが、最終的にはこの手の本にありがちな「おもしろいけどくどい。もうわかったから」という感想になった。はじめのほうは刺激的だったが、ほぼ同じことのくりかえしなので後半はすっかり飽きてしまった。

 上下巻あるけど、この半分の分量でよかったな。


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