2021年11月26日金曜日

本屋で働いていたころの生活

このエントリーをはてなブックマークに追加

 十数年前、本屋で働いていたころの生活。


 朝四時半に起きる。
 朝食。まだ胃が起きていなくて気持ち悪くなることもよくあった。

 五時二十分に家を出る。冬だと外は真っ暗。当然めちゃくちゃ寒い。
 車をびゅんびゅん飛ばして六時ぐらいに職場に着く。

 始業が六時半なので、それまでの間職場の椅子で寝る。椅子をふたつ並べて横になる。
 家でギリギリまで寝ていると遅刻するので(そして車を飛ばしすぎて事故ったことがあるので)、早めに着いて職場で寝ていたのだ。
 慢性的に寝不足だったので、仮眠なのにすごく深い眠りに達した。携帯のアラームをかけるのだが、アラームが鳴って「起きなきゃ」とおもうのに身体がまったく動かないことがあった。脳は起きているのに身体が起きられなくて金縛り状態になっていたのだ。

 タイムカードを押し、業務開始。金庫を開けてレジ金の準備をする。冬は寒すぎてうまく指が動かないこともあった。
 売場に行き、レジの電源をつけたり釣銭の用意をしたりしていると早朝番のバイトがやってくる。ほとんど大学生。フリーターのバイトも多かったが、フリーターは早起きができないのだ(偏見)。


 七時から本の荷出し。
 本屋で働いているというと、よく「本屋って朝遅いからのんびりできそうだよね」と言われた。とんでもない。
 店にもよるが、ぼくが働いていた店では六時前にはもうその日発売の雑誌が到着していた(書籍はもうちょっと遅くて七時ぐらい)。本を届けてくれる人が店の鍵を持っていて、勝手に鍵を開けて本を置いていってくれるのだ。
 もっとも、到着時間は店によってずいぶんちがうようだ。ある店の新規オープンを手伝いに行ったことがあるが、その店は九時ぐらいだった。それはそれでたいへんで、到着から開店まで時間がないのでめちゃくちゃあわただしい。オープンと同時に買いに来る人もいるし、そういう人は目当ての本がなければよそに行ってしまったりする。しかも開店してから本を並べることになるわけだが、客がいるとものすごく本を並べづらい。本屋の客は本に集中しているので、近くで店員が本を並べたそうにしていてもどいてくれないのだ。


 毎月一日や二十三日、二十五日あたりは雑誌の発売が多くて忙しかった。一日はわかるとして二十三日や二十五日の発売が多いのは、給料日をあてこんでのことだろう。ぼくは幸いにして「給料日まで買いたいものを我慢する」という生活をしたことがないのでこのへんの感覚はわからないが、世の中には給料日にふりまわされる人が多いことを本屋で働いて実感した。雑誌に限らずすべての賞品で月末は売上が伸びて二十日頃は低迷するのだ。

 入荷した本をすべて並べおわるのが、早くて開店の十時ぐらい。つまり最短でも三時間かかる。
 なんでそんなにかかるのかとおもうかもしれないが、数百冊の本を所定の位置に並べるのはかなり大変なのだ。郊外型の大型店舗だったし。
 特に時間がかかるのが雑誌とコミック。雑誌は付録がついているので、ひとつひとつに輪ゴムで止めなくてはならない。コミックはシュリンク袋(透明袋)をかけないといけない。あの袋ははじめからついているとおもうかもしれないが、あれはひとつひとつ書店でかけているのだよ。そして返品するときには破って捨てる。返品した商品は別の店に行き、そこでまたシュリンク袋をかけられる。うーん、無駄だ。
 あれはなんとかならんもんかねえ。客の質が良ければあんな袋かけなくてもいいのだが。そうはいっても立ち読みで済ませちゃう客はいっぱいいるわけで。ううむ。元も子もないことをいうと、コミックというもの自体が店舗で売るのに向いていないのかもしれない。
「短時間見てしまえばもう用済みになるもの」を売るのは難しい。効率だけを考えるなら、タバコ屋みたいに客が「『ONE PIECE』の15巻ください」と言って店員が奥から取ってくる……みたいにするのがいいのかもしれない。よくないな。


 それから、定期購読や注文品があるので、これは売場に出さずに取り置かなくてはいけない。新刊雑誌は発売日がわかるからいいとして、注文品はいつ入荷するかわからない。
「今注文されているのは何か」を頭に入れておいて、売場に出さないように気を付けなくてはならない。

 本の注文というのはほんとゴミ制度で、いつ入荷するかもわからないし、へたすれば注文後一週間ぐらいしてから「やっぱ無理でした」と言われることもある。
 それを客に伝えると、当然ながら怒られる。「無理なら無理って注文したときに言ってよ!」と。
 しごくもっともだ。ぼくでもそうおもう。
 でも書店の注文制度って、今はどうだか知らないけど、当時はほんとにひどかったのだ。そりゃAmazonに客とられるわ。


 あと本を並べるだけならいいのだが、売場の面積は有限なので、新たに何かを並べるならその分何かを減らさないといけない。「売れる量=新たに入ってくる量」であれば返品がゼロになるので理想だが、現実はそううまくはいかず新たに入ってくる量が圧倒的に多い。

 雑誌は鮮度が短いので、「発売から二十日経ったものを返品する」とかでなんとかなるのだが(しかし雑誌の発売日はばらばらではなく同じ日に集中しているのでそう単純な話でもないのだが)、問題はコミックや書籍、文庫だ。
 鮮度が長いので「どれを残してどれを返品するか」を判断しなくてはならない。これは店の売れ筋傾向や担当者の好みによって変わるのでなかなかむずかしい。本を読まないバイトに任せると「出版日の新しさだけで残すかどうか決める」とかになってしまうので任せられない。

 まだコミックや文庫は最終的には担当者が「おもしろそう」とおもうかどうかで決められるのだが、どうしようもないのが実用書だ。
「はじめての料理」みたいな本が各出版社から出ているのだが、どれも同じに見える。じっさい内容は大差ないにちがいない。
 これを、どっちを残してどっちを返品するかなんて決められない。最後は「出版社の担当がいい人か嫌なやつか」で決める。
 だいたい料理とか手芸とか家庭菜園なんて次々に新しい本出さなくていいんだよ。十年前とやることはほとんど変わらないんだから! ……と書店員はおもうのだが、出版社には出版社の事情があるのだろう。


 本の荷出しは力仕事だ。
 ファッション誌なんかめちゃくちゃ重い。それを何十冊と運ぶのだ。
 ぼくがいちばん嫌いだった雑誌は『ゼクシィ』だ。めちゃくちゃ重い上に、毎号かさばる付録がつく。その割に値段が三百円しかなかった(広告だらけなので安いのだ)ので、利益にならない。
 大嫌いだったので、自分が結婚するときも『ゼクシィ』は買わなかった。

 荷出しをしていると汗をかく。夏なんかクーラーをつけていても汗びっしょりだ。冬でもあたたかくなる。とにかくハードな仕事だ。


 本を並べおわると銀行に行く。
 ぼくが働いていたのはまあまあの大型店舗だったので、一日の売上が百万円ぐらい(本だけでなくDVDレンタルやCD販売もやっていた)。その売上を午前中のうちに入金しないといけないのだ。

 ATMではなく窓口で入金していた。なのでけっこう待たされた。
 ただ、待たされている間は本を読めるので好きな時間だった。

 日によっては銀行の後、配達に行く。喫茶店や美容室で定期購読をしている店に雑誌を届けにいくのだ。
 ぼくはこれが大嫌いだった。
 まあ配達については以前にも書いたけど割愛。

【読書感想文】書店時代のイヤな思い出 / 大崎 梢『配達あかずきん』


 十二時ぐらいに店に戻る。十二時~十四時ぐらいはバイトが交代で休憩をとるので、その間ぼくはレジに立たなくてはならない。

 平日の昼間は暇なので、レジ内で返品作業や発注作業をする。
 返品もまた力仕事だ。本がぎっしり詰まった段ボールを運ばなくてはならない。

 十四時頃、バイトの休憩が終わってやっと休憩をとれる。
 六時半から働いて十四時まで休憩なし。すごく疲れている。

 が、休憩は三十分しかない。今おもうと完全に労基法違反なのだが、当時はそういうものとおもっていた。
 十五分ぐらいであわただしく飯を食い、寝る。十分ぐらいなのに熟睡する。
 休憩の途中でもバイトから内線で呼びだされることがあり(クレーム対応とか)、心底いらついた。この時間に訪問してくる出版社の営業は嫌いになった。

 そうそう、出版社の営業がやってくるのだ。アポなしで。

 で、「こんな本出るんで入荷してください」と言ってくる。
 最初のほうは言われるがままに注文していたら(本は返品可能なので売れなくても懐が痛むわけではない)、営業が調子に乗って勝手に送ってきたりするようになったので、厳しく接するようになった。

 で、営業が来る頻度がどんどん減っていき、仕事が楽になった。営業が来なくてもいっこうに困らないのだ。本はどんどん出版されてどんどん取次から送られてくるので。

 出版社の営業ってのはほんとに質が悪くて、たとえば「売場の整理していいですか」とか言ってきて、「ありがとうございます」なんて言ってると、自分の出版社の本をどんどん前に持ってきて、他の出版社の本を奥に押しやったりする。ひどいやつになると、勝手に返品用の場所に他の出版社の本を押しこんだりする。ほとんど犯罪だ。
 もちろん人によるけど、ひどい営業が多かったので、どの営業に対しても冷たくあたるようになった。
 今でも覚えてるぞ。特にひどかったのはSと生活社のジジイだ。なれなれしくため口で話してくるからこっちもため口で返してやったら、あからさまにムッとしていた。へへん。


 十四時半に休憩が終わって、発注業務をしていたら十五時。退勤時刻だ。六時半+八時間+休憩三十分。

 あたりまえだが、定時に帰ることなどできない。なにしろ交代の社員がやってくるのが十七時なのだ。社員不在になってしまう。
 二交代制なのだが、早番(六時半~十五時)と遅番(十七時~二十五時半)というシフトはどう考えてもおかしい。二交代制といいつつ空白の時間があるのだから。

 しかも、早番は最低二時間は残業しないといけないのに、遅番が二時間早く出勤するということは絶対にない。ちくしょう、遅番め!
 ……と当時は遅番社員を憎らしくおもっていたのだが、悪いのは遅番ではなくこの制度をつくった会社である。恨むのなら会社を恨まなくてはならない。でも現場にいると、身近な人間に怒りの矛先を向けてしまうんだよね。


 夕方ぐらいになると店が忙しくなってくるのでレジに立ったり売場に出たり。
 書店だけならそこまで売場は忙しくならないんだけど、レンタルDVDやCDも扱ってたからね。学生や仕事終わりの人が来て忙しくなる。

 十八時過ぎにミーティングをして、本格的に遅番の社員と交代。ここでやっと「レジが忙しいので来てください」と呼ばれることがなくなる。
 溜まっていた発注作業やメールの返信をする。話好きの店長(遅番)につかまってどうでもいい話につきあわされることも。

 早ければ十八時半ぐらいに退勤。遅ければ二十時半ぐらい。

 出勤時は道がすいているので家から店まで四十分だが、帰宅時は混んでいるので一時間かかる。

 勤務時間+通勤時間で十四時間から十六時間ぐらい。ぼくは最低でも七時間ぐらいは寝ないと頭が働かない人間なので、余暇時間などゼロだった。寝る時間ほしさに夕食を食べないこともよくあった。
 もちろん本を読む時間なんかぜんぜんなかった。本屋なのに。


 年間休日は八十日ぐらい。給料は薄給(時給換算したら最低賃金の半分ぐらいだった)。

 よう続けていたわ、とおもう。

 転職を二回おこない、総労働時間は当時の半分近くになった。そして給料は当時の倍以上。ってことは労働生産性が四倍になっていることになる。

 あの頃必死にがんばってたけど、今おもうと「あの努力はほとんど無駄だったな」とおもう。もっと早く転職していればよかった。
 環境が悪ければ努力をしても先がない。環境を変えるほうがいい。


 社会全体の労働生産性を上げるには、ブラック企業を廃絶することですよ。

 労働基準監督署に予算をまわしてちゃんと仕事をさせること。それがすべてじゃないですかね。



このエントリーをはてなブックマークに追加

2 件のコメント:

  1. 興味深い記事でした。書店の経験は次の転職先にいかされたのでしょうか?
    また書店員は薄給だから実家通いが多いと聞きますが本当でしょうか?

    返信削除
    返信
    1. 読んでいただきありがとうございます!
      書店員ならではの経験はあんまり活かされてませんね。やっかいな客のあしらい方とかは多少役に立ったかも……。

      たしかに、従業員は実家暮らしが多かったですね。

      削除