勤務先のビル。
数日前から、エレベーターの横で異臭を感じるようになった。何かが腐ったようなにおいだ。
はじめは、誰かが何かをこぼしたのかな? ぐらいにおもっていた。
だが翌日も、その翌日も、エレベーターの横に行くと臭い。
フロアは毎日掃除のおばちゃんがモップがけをしている。何かをこぼしたとしても、翌日までにおいが残っているのはおかしい。
ところでこのビル、ずいぶん古くて大正時代に建てられたものらしい。当初はホテルだったそうで、空襲にも耐えぬき、今はオフィスビルになっている。
ホテルだった名残りだろう、エレベーター横に「金庫室」という部屋がある。
一度、気になってこっそりのぞいてみたことがある。
もちろん今は金庫はない。かつては金庫が並んでいたであろう棚がずらっと並んでいるだけだ。何にも使われていない。狭い部屋なので使い道がないのだろう。
異臭は、金庫室のほうから漂ってくる。
金庫室に扉はあるが施錠されてはいない。何もない部屋だから鍵をかける必要もないのだ。
もしや。
ミステリ小説などを読むと、人の死体というのは時間が経つと強烈なにおいを放つものらしい。
嗅いだことはないが、ひょっとしてこの異臭は腐乱死体によるもの?
大正時代に建てられたホテルの金庫室……。ミステリの舞台としてはうってつけだ。なんだかわからないけど事件のにおいがする……。
どうしよう。こっそり金庫室に入って調べてみようか。
もし、本当に死体があったらどうしよう。気にはなるけど、死体なんか見たくないな。
通報したり、事情を説明したりするのめんどくさいな。なんで金庫室に入ったのか訊かれても困っちゃうしな。
第一発見者がいちばん怪しいっていうしな。ぼくが殺したんじゃないかと疑われたらどうしよう。身の潔白を証明できるだろうか。
冤罪事件の本を読んだことあるけど、警察の取り調べってむちゃくちゃらしいからな。犯人でない人でも自白させるっていうし。
……と逡巡していたら、ふと金庫室の前に置かれた観葉植物の鉢が目に入った。
鼻を近づけてみる。
くさい。
まちがいない、異臭の発生源はここだ。
何かが腐ったようなにおいの原因は、観葉植物の肥料だ。
真相なんてこんなもんね。
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