ゼロからつくる科学文明
タイムトラベラーのためのサバイバルガイド
ライアン・ノース(著) 吉田 三知世(訳)
ええと、どういう本か説明するのがちょっとややこしい。
著者の説明を信じるなら「マニュアル(取扱説明書)」ということになる。
タイムマシンで過去にいったもののタイムマシンが壊れた人のための「新たに文明を再構築するためのマニュアル」だそうだ。
ちなみにこの本は著者が書いたものではなく、タイムマシンを発明した世界線の人が書いたものを著者が偶然見つけたもの、ということらしい。
うん。めんどくさいね。しゃらくさいね。
まあ要するに、「人類が今まで発明したあらゆるもの(はさすがに言いすぎだが主要なもの)をゼロから発明するにはどうしたらいいか」を説明する本だ。
飲料水を確保するには、農業をやるには、ウマやヒツジを家畜化するには、鉄を精製するには、紙をつくるには……と、とにかくありとあらゆる発見・発明・技術が詰め込まれている。いや、詰め込まれすぎている。
そう、詰め込みすぎなのだ。
ほんと、後半は読むのが苦痛だった。無駄に長いんだよね。紙の本で573ページもある。そしてつまらない記述が多い。
「心肺蘇生法をやるときに歌うべき1分間に100拍のテンポの曲のリスト」とか「有名な曲の楽譜」とか「三角関数表」とか、無駄にページ数を引き延ばそうとしているとしかおもえない。なんだそれ。
しかも説明が長いわりに図解が少ない(図で説明したほうがはるかにわかりやすい事柄でも)。
前半の「見つけたものが食べられるかどうかの見分け方」「役に立つ動植物」「さまざまな道具を作る方法」なんかはサバイバル術としておもしろいけど、後半は、哲学、音楽、コンピュータなど、サバイバルからは遠く離れてしまっている。
まだ「とにかく生き延びる」に絞っていればなあ。
この本のピークは最初だった。
一冊の本として見たときはまとまりがなくて冗長なんだけど、断片的にはけっこうおもしろい(ところもある)。
「言葉を文字にする」なんて現代人からしたらあたりまえの話なんだけど、人類は長い間それをおもいつかなかった。
5万年ほど前に話し言葉は誕生していたのに、文字が発明されたのは5000年ほど前。長い間人類は書き言葉を持たなかった。
それは「思いついたことを、同じ時代・同じ場所にいる人にしか届けられなかった」ということでもある。
もしかしたら数万年前の人類は、めちゃくちゃおもしろい物語とかすばらしい音楽とか現代人より優れた技術を持っていたかもしれない。でも時代を超えてそれを伝える手段を持っていなかったがために、廃れてしまった。なんともったいない。
もしも現代人が5万年前に行って「話していることを粘土とか板とか石とかに記しておけば、知り合い以外にも伝えられるよ」とだけ教えれば、数万年分のアドバンテージを得られることになる。初期から文字を持っていれば、科学は今よりずっとずっと進歩していることだろう。
様々な発見・発明の歴史を見ていると、昔の中国ってすごかったんだなあとおもわされる。
羅針盤・火薬・紙・印刷の四大発明が有名だが、絹、ニワトリの家畜化、低温殺菌技術、麹の利用、製塩、サングラス、舵、傘、車輪など、実に多くのものが中国で発明されている。
とはいえ近代の歴史を見ると、中国は決して世界のトップを走ってきた国ではない(最近またトップに返り咲こうとしているが)。
なぜ最も科学技術が発展していた中国が、ヨーロッパ諸国に抜かれ、水を開けられたのか。
そのヒントとなるのが印刷だ。
中国が製紙+印刷技術のおかげで、知識を広く伝達することができた。だがその恩恵をこうむったのは、活字にしにくい漢字を使う中国ではなく、26種しかないアルファベットを使うヨーロッパのほうだった。結果、ヨーロッパで産業革命が起こり、優れた科学技術を持っていた中国はヨーロッパ諸国に追い抜かれてしまった。
中国が生んだ製紙と印刷が中国を(相対的に)衰退させたなんて、なんとも皮肉な話だ。
もちろん他の要因もあるんだろうが、これはおもしろい話だ。
テレビドラマにもなった『JIN-仁-』という漫画があった(読んだことないけど)。
脳外科医が江戸時代にタイムスリップし、その医療技術を活かして多くの人の命を救うという話だそうだ(読んだことないのでまちがってたらスマン)。
医師だから別の時代に行っても活躍できた……とおもいきや、特別な医療技術を持たない我々でも十分命を救える可能性はある。
我々は医師ではないけど、ほとんどの病気が細菌やウイルスによって引き起こされることを知っている。
そしてそれらの多くが「汚い手で触らない」「きれいな水で手を洗う」「乾燥させる」などのごくごくかんたんな方法で防げることも。
(特に新型コロナウイルス流行以降の人間はよく知っている)
「食事前に手洗いうがい」「傷口は流水で洗う、汚い手で触らない」といったことを伝えるだけでも、多くの命を救えるはず。
ぼくやあなたも過去に行けば名医になれるのだ(言うことを信じてもらえればだけど)。
ということで、パーツパーツで見ればおもしろいところも多い本だった。
だが一冊の本として見れば、とにかくまとまりがない。
はあ疲れた。百科事典を読破したような気分だぜ。
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