2021年9月7日火曜日

【読書感想文】ライアン・ノース『ゼロからつくる科学文明 ~タイムトラベラーのためのサバイバルガイド~』

このエントリーをはてなブックマークに追加

ゼロからつくる科学文明

タイムトラベラーのためのサバイバルガイド

ライアン・ノース(著)  吉田 三知世(訳)

内容(e-honより)
残念です。私たちは紀元前XXXXXX年にいて、タイムマシンFC3000は、完全に故障してしまいました。でも、肩を落とすことはありません!必要なものは、このガイドに全て載っています。荒野に農業をスタートさせ、初めて電気の明かりを灯し、最初の飛行機で青空を飛び、みずから交響曲を作曲して、文明を、あなたの手に取り戻しましょう!本書は、皆様にあらゆるモノの発明方法をご紹介する科学本です。


 ええと、どういう本か説明するのがちょっとややこしい。
 著者の説明を信じるなら「マニュアル(取扱説明書)」ということになる。
 タイムマシンで過去にいったもののタイムマシンが壊れた人のための「新たに文明を再構築するためのマニュアル」だそうだ。
 ちなみにこの本は著者が書いたものではなく、タイムマシンを発明した世界線の人が書いたものを著者が偶然見つけたもの、ということらしい。
 うん。めんどくさいね。しゃらくさいね。

 まあ要するに、「人類が今まで発明したあらゆるもの(はさすがに言いすぎだが主要なもの)をゼロから発明するにはどうしたらいいか」を説明する本だ。

 飲料水を確保するには、農業をやるには、ウマやヒツジを家畜化するには、鉄を精製するには、紙をつくるには……と、とにかくありとあらゆる発見・発明・技術が詰め込まれている。いや、詰め込まれすぎている。

 そう、詰め込みすぎなのだ。

 ほんと、後半は読むのが苦痛だった。無駄に長いんだよね。紙の本で573ページもある。そしてつまらない記述が多い。
「心肺蘇生法をやるときに歌うべき1分間に100拍のテンポの曲のリスト」とか「有名な曲の楽譜」とか「三角関数表」とか、無駄にページ数を引き延ばそうとしているとしかおもえない。なんだそれ。
 しかも説明が長いわりに図解が少ない(図で説明したほうがはるかにわかりやすい事柄でも)。

 前半の「見つけたものが食べられるかどうかの見分け方」「役に立つ動植物」「さまざまな道具を作る方法」なんかはサバイバル術としておもしろいけど、後半は、哲学、音楽、コンピュータなど、サバイバルからは遠く離れてしまっている。
 まだ「とにかく生き延びる」に絞っていればなあ。

 この本のピークは最初だった。




 一冊の本として見たときはまとまりがなくて冗長なんだけど、断片的にはけっこうおもしろい(ところもある)。

 書くことの背後にある考え方──目に見えない音を目に見える形に変えて保存しよう──は至ってシンプルですが、じつのところ書き言葉の発明は、人類にとって極めて困難でした。あまりに困難で、人類史全体でたった2度しか起こっていません。

 ・エジプトとシュメールで紀元前3200年ごろ
 ・メソアメリカで紀元前900年から紀元前600年のあいだ

この2回です。
 書き言葉は、ほかの場所でも出現します。たとえば紀元前1200年の中国ですが、これはエジプト人に中国人が感化されたからです。同様に、エジプトとシュメールの書き言葉はほぼ同じころ登場し、見た目はまったく異なるものの、両者には多くの共通点があります。これらの文明のいずれかが書き言葉を発明し、おそらく、それがいかに有用な発明かを見て、もう一方がそのアイデアをまねたのでしょう。

「言葉を文字にする」なんて現代人からしたらあたりまえの話なんだけど、人類は長い間それをおもいつかなかった。
 5万年ほど前に話し言葉は誕生していたのに、文字が発明されたのは5000年ほど前。長い間人類は書き言葉を持たなかった。
 それは「思いついたことを、同じ時代・同じ場所にいる人にしか届けられなかった」ということでもある。
 もしかしたら数万年前の人類は、めちゃくちゃおもしろい物語とかすばらしい音楽とか現代人より優れた技術を持っていたかもしれない。でも時代を超えてそれを伝える手段を持っていなかったがために、廃れてしまった。なんともったいない。

 もしも現代人が5万年前に行って「話していることを粘土とか板とか石とかに記しておけば、知り合い以外にも伝えられるよ」とだけ教えれば、数万年分のアドバンテージを得られることになる。初期から文字を持っていれば、科学は今よりずっとずっと進歩していることだろう。




 様々な発見・発明の歴史を見ていると、昔の中国ってすごかったんだなあとおもわされる。
 羅針盤・火薬・紙・印刷の四大発明が有名だが、絹、ニワトリの家畜化、低温殺菌技術、麹の利用、製塩、サングラス、舵、傘、車輪など、実に多くのものが中国で発明されている。

 とはいえ近代の歴史を見ると、中国は決して世界のトップを走ってきた国ではない(最近またトップに返り咲こうとしているが)。
 なぜ最も科学技術が発展していた中国が、ヨーロッパ諸国に抜かれ、水を開けられたのか。
 そのヒントとなるのが印刷だ。

 活字は、西暦1040年ごろの中国に存在しましたが、本当に軌道に乗ったのは、数世紀のちにヨーロッパにこの技術が到達してからのことでした。それは、もうひとつの画期的発明、アルファベットのおかげです。中国の表記法は、表音的な言語のように、音を表す限られた数の文字を使うのではなく、意味を表す膨大な数の文字を使うので、一冊の本に60,000種以上の異なる文字が使われています。どちらの文字体系にも長所と短所がありますが、活字を使う際の中国の文字体系の短所は深刻です。60,000種類の文字よりも、26種類の文字のほうが、保管し分類するのは、はるかに安価で簡単です。

 中国が製紙+印刷技術のおかげで、知識を広く伝達することができた。だがその恩恵をこうむったのは、活字にしにくい漢字を使う中国ではなく、26種しかないアルファベットを使うヨーロッパのほうだった。結果、ヨーロッパで産業革命が起こり、優れた科学技術を持っていた中国はヨーロッパ諸国に追い抜かれてしまった。
 中国が生んだ製紙と印刷が中国を(相対的に)衰退させたなんて、なんとも皮肉な話だ。

 もちろん他の要因もあるんだろうが、これはおもしろい話だ。




 テレビドラマにもなった『JIN-仁-』という漫画があった(読んだことないけど)。
 脳外科医が江戸時代にタイムスリップし、その医療技術を活かして多くの人の命を救うという話だそうだ(読んだことないのでまちがってたらスマン)。

 医師だから別の時代に行っても活躍できた……とおもいきや、特別な医療技術を持たない我々でも十分命を救える可能性はある。

・地球上で最も猛威を振るった伝染病は冬に起こりました。なぜでしょう? それは、死んだ人の衣服を着てしまう可能性が冬に最も高かったからです。衣服にシラミがたかっているひとりの人間が、町全体に疫病を広げる源になる可能性がありました。死んだ人の衣服は、熱湯で煮沸した後でない限り、絶対に身に着けないでください。病気で死んだ人のものならなおさらです。
 あなたが食べたい食物は、ほかの植物や動物もそれを食べはじめると、やがては、あなたが食べたくない食物になってしまいます。このプロセスは「腐る」、「傷む」、あるいは「ご飯が台無しになる」と呼ばれ、暮らしのなかの自然な出来事なのですが、食欲が削がれますし、有毒でもあります。そんなプロセス、できる限り遅らせたいですよね。ここに、あなたの秘密兵器をお教えしましょう。「地球上のすべての生き物は──食物を傷めてしまう微生物も含めて──、生存のために水が必要です。また、その水があったとしても、大部分の生き物は特定の温度と特定の酸性度の範囲内でなければ生き残れません」。このことに気づかれたなら──そして、私たちが今お話ししたので、あなたはこれに気づいたわけです──、ほかの生物から食物を自分で守り、保存することは可能だと納得されるでしょう。それにはこの、水、温度、酸性度というパラメータのいずれかひとつかふたつを極端な値にして、食物の上では生物が生きられないようにすればいいのです。それに、ひとつの保存手段だけを使い続ける必要はありません。食物を、乾燥させて塩漬けにしたり、燻製にして冷凍したり、ピクルス漬けにして缶詰にしたりしていいのです。そうすると、一層美味しくなることもありますし!

 我々は医師ではないけど、ほとんどの病気が細菌やウイルスによって引き起こされることを知っている。
 そしてそれらの多くが「汚い手で触らない」「きれいな水で手を洗う」「乾燥させる」などのごくごくかんたんな方法で防げることも。
(特に新型コロナウイルス流行以降の人間はよく知っている)

「食事前に手洗いうがい」「傷口は流水で洗う、汚い手で触らない」といったことを伝えるだけでも、多くの命を救えるはず。

 ぼくやあなたも過去に行けば名医になれるのだ(言うことを信じてもらえればだけど)。




 ということで、パーツパーツで見ればおもしろいところも多い本だった。

 だが一冊の本として見れば、とにかくまとまりがない。
 はあ疲れた。百科事典を読破したような気分だぜ。


【関連記事】

【読書感想文】電気の伝記 / デイヴィッド・ボダニス『電気革命』

【読書感想文】川の水をすべて凍らせるには / ランドール・マンロー『ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿