2021年9月8日水曜日

【読書感想文】伊藤 計劃『ハーモニー』

このエントリーをはてなブックマークに追加

ハーモニー

伊藤 計劃

内容(e-honより)
21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した―それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る―『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。第30回日本SF大賞受賞、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門受賞作。


『虐殺器官』がめっぽうおもしろかったので読んでみた。

 ……これはあれだな。ぼくが読み方をまちがえたな。
 寝る前に布団の中で毎日ちょっとずつ読んでたんだけど、そうやって読む小説じゃなかった。まとまった時間をつくって一気に読まなきゃいけないやつだった。


『ハーモニー』はかなり難解な小説だった。

『虐殺器官』のほうは、ただ単純に暗殺集団に属す主人公の描写がおもしろくて、わくわくするストーリー展開を追ってるうちに壮大なSF的仕掛けが浮かびあがってくるという小説だった。

 だが『ハーモニー』のほうは、あまり動きはない。
 仲間といっしょに自殺未遂をしたり、同時多発事件があったり、主人公が命を狙われたりする。これだけ書くと波瀾万丈な小説みたいな気がするが、実際はそんなことはない。概ね静かな小説だ。説明や思索や回想が物語の大半を占めている。

 あとこれはいいところでもあるんだけど、直接的な説明が少ない。「今こうなってるんですよ。これが課題ですよ。だからこれをするためにここに向かってるんですよ」という説明がない。そこがおしゃれなんだけど、集中して読まないと「今この人はどこで何のためにこの人と会ってるの?」となってしまう。就寝前に読むもんじゃなかった。




『ハーモニー』は、健康を司る〝生府〟が人々の健康を管理する社会を舞台にしている。

 一度、わたしのぜんぜん知らない料理らしきものが延々と映し出されているメディアチャンネルを見かけたことがある。あれは何、と父に訊くと、ああ、あれは二分間憎悪、って言うんだ、と父は答えた。ああいう、脂肪過多、コレステロール過剰、塩分過多──健康に良くない、リソース意識に欠けた食事を摂っていた最後の世代が、ああいう画面を見つめながら、俺はあれを食べてはいけない、あれを口にするのは社会的存在として最低だ、リソース意識の欠如だ、公共的身体の損耗だって自己暗示をかけるんだよ。

 これは明らかな『一九八四年』へのオマージュだが、恐怖ではなく健康によって支配された世の中だ。
 これをディストピアと見る人もいるだろうが、ユートピアとおもう人のほうが多数派なんじゃないだろうか(二分間憎悪はやりすぎだが)。不健康になる自由よりも、誰もが健康でいる社会を望む人のほうが多いはず。


 だがその世の中で同時多発自殺が起こり、さらには「殺さなければ殺される」という予告が全人類につきつけられる。

「わたしたちは新しい世界をつくります。
 そのためにはまず、それができる人を選ばねばなりません。
 これから一週間以内に、誰かひとり以上を殺してください。
 手段は何でもかまいません。
 自分自身のためならば、他者などどうでもいいということを証明してください。
 いちばん大切なのは自分の命だという感情を、解放してください。
 それができない人には、死んでもらいます。
 先程も言いましたが、それをわたしたちが実行できる力があることは、この前の事件でわかったと思います。
 もしあなたが、他の誰かの命を奪うことを躊躇したら。
 たとえ自分が助かるためですら躊躇したとするなら。
 そのときには、わたしたちは容赦なくあなたを殺します。
 自分で自分の命を奪うように仕向けます。
 繰り返しますが、わたしたちにはボタン一個でそれができるのです。
 まだ信じない人のために、もうすぐそれを実証する映像をお見せします。
 おそらくは一瞬しか映りません。
 目をこらして、見逃さないようにしてください」

 はたして予告は本当なのか、本当なら誰が何のためにおこなったものなのか、どういう手段を用いるのか、そして結果は……。

 この予告がおこなわれるのが本の中盤なのだが、このへんからやっと物語が動きだす。それまではプロローグみたいなもの。プロローグなげえ。

 そこからは物語も動きだすし、いろんな謎が解けていくのでやっとおもしろくなる。
 安易な「主人公が世界を救う」系の結末にならないのもいい。


 感心したのが、ずっとHTML構文のように書かれている文章。

 〈uncomfortable〉テキスト〈/uncomfortable〉みたいな感じで。

 なんだよこれじゃまくせえ、HTMLおぼえてばかりの中学生かよ、とおもって読んでいたのだが、最後の最後で謎が解けた。なるほど、そういうことね。こういう仕掛けはおもしろい。




 よくできてるSF小説だなとはおもうけど、SF好きがSF好きのために書いた小説みたいだなー。そこまでSFファンでない者からすると、ちょっとついていけない。
 そう、「難しいことやるからがんばってついてこいよ!」って感じなんだよね。SF予備校の上級クラスの授業。
 いやこっちはそこまでの意気込みがあるわけじゃないんすよ。


【関連記事】

【読書感想文】ただただすごい小説 / 伊藤 計劃『虐殺器官』

【読書感想文】ザ・SF / 伴名 練『なめらかな世界と、その敵』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿