2021年9月9日木曜日

【読書感想文】藤岡 拓太郎『夏が止まらない』

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夏が止まらない

藤岡拓太郎作品集

藤岡 拓太郎

内容(ナナロク社HPより)
2014年から2017年の間にネット上で発表した1ページ漫画、およそ500本の中から厳選した217本と、「あとがき」を含めた書き下ろしの文章5編を収録。


 おもしろかった。

 二コマ~十コマぐらいのショート不条理ギャグマンガ集。

 一作ずつタイトルがついてるんだけど、まずタイトルがおもしろい。そんで漫画本編でちゃんとタイトルのおもしろさを超えてくる。
 すごいものになるとタイトルがおもしろくて、一コマ目がもっとおもしろくて、二コマ目でさらにおもしろいという、二コマ漫画なのに三段跳びみたいな作品もある。跳躍力がすごい。

 ぼくはかつて仕事もせずに朝から晩まで大喜利やっていたことがあったぐらい大喜利が好きなんだけど、大喜利でお題それ自体がおもしろいときって、だいたい回答はおもしろくならないんだよね。
「ヤクザの親分がギャル神輿大好きだとバレた理由とは?」みたいな狙いにいったお題はおもしろくない。お題が回答のじゃまをするんだよね。お題はつまらないほうがいい。

 だけど『夏が止まらない』はお題もおもしろいのに、本編はそれを軽く超えてくる。
「適当に捕まえたおばさんに、自販機の飲み物をおごるのが趣味のおっさん」なんてタイトルだとそれ以上おもしろくするのむずかしいはず。でもそれをやってのけている。すごい。


 ちなみにぼくがいちばん好きだった漫画は
「仲直りをしたらしい小学生をたまたま見かけて、適当なことを言うおっさん」

 このお題に対して提示された漫画が、これの他はない、ってぐらい鮮やかな回答。
 ぜひ漫画を読んでみてください。




 大喜利っぽい漫画だなとおもって読んでいたのだが、案の定だった。

(途中にある著者のエッセイより)

 インターネット大喜利にどっぷりと浸かっていた。
 二十歳のころ。ネット上にはいろんな大喜利サイトがあり、そのいくつかに投稿をしていたのだが、自分が一番入れ込んでいたのはあるチャットルームで夜な夜な開催されていた大喜利。
 その部屋には毎晩七時ぐらいから人が集まりだし、くだらない話から始まり、誰かがお題を出すと、皆、思い思いにボケる。お題を出した人が、よきところで締め切る。そして全員、自分以外のボケの中から一番面白かったと思うものを一つ選ぶ。最も多くの票を集めた人が優勝となり、次のお題を出す。それを延々繰り返す。多い時には五十人以上が集まっていた。
 大学やアルバイト先では居場所がなく、ギャグ漫画もうまく描けなかった当時、いちばん笑い、笑わせ、息ができていたのはその部屋にいる時だった。
 猿だった。
 ネット大喜利という温泉に引きずり込まれた猿だった。その温泉はぬるま湯だから、いつまでも浸かっていられた。
 夜が深まるにつれ、部屋から人は減ってゆき、明け方近くになると再び雑談に切り替わり、やがて自然とお開きになる。そんな時間までディスプレイに照 らされていたときは、ウケた日であろうとスベッた日であろうと、いつも自己嫌悪を身にまとって布団にもぐり込んだ。
「今日もペンを握らなかった……」
 それでもまた夜が来ると目を血走らせてボケ狂う。

 なつかしい。ぼくがいたのはチャット大喜利ではなかったけど、だいたい雰囲気は同じようなものだった。

 ぼくがネット大喜利にどっぷり浸かっていたのは、新卒で入った会社をあっちゅうまに辞めて、無職~フリーターだった頃。
 当時は「ぼく無職なんです」とは言えなくて、仕事の合間に大喜利をやっているふりをしていたけど、ほんとは大喜利の間に呼吸しているような生活だった。
 こうやって大喜利をやっている人はいっぱいいるけど、自分だけが明日が見えない生活をしているんだろうとおもっていた。

 でも、それから十数年経って「いろんな事情で不安定な生活をしていたけど大喜利に救われていた」という人の話をちらほら読むようになった。
 こだまさんとかツチヤタカユキさんとか藤岡拓太郎さんとか。他にもいろいろ。

 ネット大喜利って、バックボーンとか一切関係なく、おもしろい回答をすれば評価してもらえるんだよね。無職で怠惰でモテなくて金がなくても、大喜利でおもしろい回答をすれば他者から認められて一位になれる。だから救いになっていたんだとおもう。

 もしかしたらあの頃ネット大喜利をやっていた人たちは、みんな病んでいたのかもなあ。いやじっさい病みすぎてあっち側に行ってしまった人もいたし。




 著者あとがきより。

片手間にイラスト付き大喜利や一コマ漫画をこさえていたのですが、ある時、たわむれにニコマ漫画を描いてみると、「!」と思いました。

 一コマからニコマにするだけで、ただの絵が、ぐっと「映画」になるんやな、ということに改めて気がついたのです。いや「映像」と言ってもいいんやけど、なんかかっこいいので「映画」と言わせてください。その、つまり、たとえば一コマ目で豚にかまれているおっさんを、ニコマ目で、顔をどアップにすることもできるし、ヘリコプターからの視点でとらえることもできる。あるいはニコマ目で時間を飛ばして、少年時代のおっさんを描いてもいい。石器時代のおばさんが寝ているところを描いてもいいし、まったく脈絡なくオムレツだけを描いてもいいのです。ニコマあれば、時間が表現できたり、カメラの動きが付けられるようになったりするということです。

 この人の作風は二コマ漫画にあっているとおもう。
(この本には十コマぐらいの漫画も収録されているが、二コマ漫画のほうが圧倒的におもしろい)

 二コマ漫画を自由自在に使いこなしている。二コマなのに奥行きがある。正確にいうと、タイトルのつけかたも秀逸なので、タイトル+二コマ。

 ぜひともこの道を究めて、二コマ漫画界の巨匠になってもらいたい。


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