2021年9月15日水曜日

【読書感想文】H・F・セイント『透明人間の告白』

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透明人間の告白

H・F・セイント(著)  高見 浩(訳)

内容(e-honより)
三十四歳の平凡な証券アナリスト、ニックは、科学研究所の事故に巻き込まれ、透明人間になってしまう。透明な体で食物を食べるとどうなる?会社勤めはどうする?生活費は?次々に直面する難問に加え、秘密情報機関に追跡される事態に…“本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30”第1位に輝いた不朽の名作。

 誰もが一度と言わず十度や百度は考えたことがあるであろう「もしも透明人間になったら」を小説にした作品。

 つまりアイデア自体はいたって平凡。誰でもおもいつくアイデア。
 透明になった理由も「研究所の事故」で、なぜ透明になったのかはまったく説明されない。「透明になった経緯」にもまったく新しい試みはない。
 正直、主人公が透明になるまではなんとも退屈な小説だった(またそこまでが長いのだ)。


 だが透明人間になってからは精緻な描写と、透明人間を追う政府組織(おそらくFBI)VS逃げる透明人間というサスペンス展開になってようやくおもしろくなる。

精神を集中しようとして、両目をつぶった。ところが、なんの変化もない。目をあいているときと同じく、すべてが鮮明に見えるのだ――どんなにきつく目をつぶっても。どうなってるんだ、いったい。僕の中の恐怖心は、すでにそのとき飽和状態にあったから、胸の中にはかえって、グロテスクな好奇心が湧いてきた。派手な惨事で手足を吹っとばされる人間は跡を絶たないけれども、目蓋だけを吹っとばされた人間の例なんて、聞いたことがない。体のバランスを保つために左手を床についたまま、おずおずと右手を顔にのばした。指先で、そっと目の周辺をさぐってみる。ちゃんと眉毛がある。焼け焦げてはいない。こんどは人差し指で右目をさぐってみた。ある。たしかに目蓋がある。動いているのも感じられる。睫毛もまちがいなくある。

 そうかあ。透明人間になるとまぶたも透明だから、目を閉じても見えちゃうわけか。たしかになあ。
 言われてみれば当然の話なのだが、「透明人間が目をつぶったら」なんて考えたこともなかった。

 その他にも、「歯間の食べかすや爪の下の汚れがあると人目に付くので身だしなみをきれいにする」などほんとに細かい設定が随所に光る。
 ぼくが考えるおもしろい小説の必要条件として「いかにうまく嘘をつくか」というのがあるのだけど、『透明人間の告白』の語り口はほんとに見事。
「透明人間になったら爪の垢をきれいにしなきゃ」って考えたことある人いる?




 少し前に、別の透明人間の小説を読んだ。
 柞刈 湯葉『人間たちの話』に収録された『No reaction』だ。
 あれもおもしろい小説だったが、残念なことがある。「透明人間は食事をどうするか」について一切触れられていなかったのだ。

『透明人間の告白』ではきちんと答えを提示されている。

 なんたることだろう、まったく! 僕の肉体は透明でも、いや、透明であるが故に、そこに外部から摂取されるものは、当然のことながら、はっきりと見えるのだ。見方を変えれば、僕という人間は、吐瀉物と排泄物のつまった、一つの細長い袋になりつつある、ということじゃないか。考えてみれば、実は生まれたときから、僕はそうだったのだ。ただ、すべての人間に共通のその側面は――いまだから落ち着いて言えることだが――肉という不透明な衣によって隠されていたにすぎないのである。その衣が透明になってしまった僕は、この先ずっと吐瀉物と排泄物の細長い袋として生きていかなければならない。そういう思いがひらめいたとき、目の前が、文字どおり真っ暗になってしまった。

〝食べたものは外から見える。ただし消化吸収されれば己の肉体の一部になるので見えなくなる〟がこの本の解だ。

 とはいえ、その日、化学作用に関する知識がまだお粗末きわまりなかったにもかかわらず、僕は、将来の自分の食生活を支配すべきいくつかの基本的な指針をうちたてたのだった。まず第一に、なによりも重要なのは、繊維質を避ける、ということ。おそらく、繊維質の栄養的役割については、人によってなにかと異論があるだろうけれども、僕にとっては、繊維質を避けることが生存にとってなによりも肝心なのだ。それがどんな果物であれ、種子や核の類も、皮同様避けなければならない。未消化の種子は何日間も小腸や大腸に留まって、それはいやらしい光景を呈するものなのだ。野菜類の葉っぱを食べるときも、同様に細心の注意を必要とする。それとは対照的に、砂糖やデンプン類は、いまでは僕の栄養の基礎になっている。砂糖やデンプンの消化速度たるや、あきれ返るほど早いのだ。いまではお菓子の類もどんどん食べているけれども、ナッツやレーズンが中に隠れてないかどうか、注意を怠らない。主な蛋白源は肉よりも魚にたよっている。色がついているもの、着色剤を使ったものも避けている――もっとも、着色剤を使ったものより、自然な色のついている食品のほうが手に負えないのだけれども。

 朝は飲み物だけ、食べるのは夜寝る前。食べるものはなるべく透明なもの・消化の良いもの。そういったことに気を付けなくてはならないのだ。透明人間もたいへんだあ。




 こういった細かい設定の描写は一級品だったが、物語としては二流以下。

「追手から逃れる透明人間」というのが大筋なのだが、追手側はそんなに悪い人間じゃないんだよね。透明人間を味方につけようとしているだけなんだからそんなに敵視する必要あるか?

  むしろ透明人間である主人公のほうが、危害を加える気のない相手を銃撃したり放火したりするヤバいやつ。

「危険な追手から逃れる善良な主人公」ならサスペンスになるが、「常識的な追手から逃れる危険な主人公」では、どっちに感情移入していいのかわからない。ピカレスク小説といえるほど主人公は悪人でもないし。中途半端。

 また中盤は、透明人間になった主人公ががんばってリモートワークしたりしてて、「何やってんの?」という気になる。
 透明人間になったのになんで会社員続けてるんだよ! 透明人間になったらまじめに働いて金稼がなくていいだろ。


 また逃避行中にはいろいろ不便を強いられる。買い物もできない。夜寝るところもなかなか見つけられない。

 でもそれは単独逃避行をおこなうからだ。協力者を見つければあっさり解決できる問題だ。協力者だって透明人間を味方につければいろいろ便利なことはあるんだからお互いにメリットのある関係を築ける。

 なのに主人公はそれをしない。ずっとひとりで逃げつづける(そのわりにはニューヨークから出ようとしない)。
 かつての知人はすべて〝組織〟の捜査網に含まれているからしかたないにしても、新たな協力者をつくることもできるだろうに。

 そのせいで、逃げても逃げても〝組織〟に追われる主人公。中盤はこのくりかえしなので退屈だ。読んでいてもどかしい。さっさと協力者を見つけろよ。

 で、終盤やっと協力者をつくることに成功するのだがそれがまた唐突。初対面(透明人間なので向こうは対面すらしていない)と女性と一瞬で恋人関係になってしまう。えええ。透明人間と一瞬で恋人になれる女性ってなんなのよ。そっちのほうが摩訶不思議だわ。

 細かいところは細かいのに、このへんはものすごく雑。

 上下巻のボリュームある小説だけど、無目的な右往左往やくりかえしが多いので、この半分の分量でよかったのにな。

 昔の作品を今の基準で評価できないとはいえ、それにしても“本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30”第1位は不当に評価が高すぎるとおもうな。
 おもしろくないわけじゃないけど、これが30年間のトップってことはないだろ……。


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