2021年9月17日金曜日

【読書感想文】森 達也『たったひとつの「真実」なんてない』

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たったひとつの「真実」なんてない

メディアは何を伝えているのか?

森 達也

内容(e-honより)
メディアはすべて、事実と嘘の境界線上にある。それをまず知ろう。ニュースや新聞は間違えないという思い込みは捨てよう。でも嘘ばかりというのは間違い。私たちに不可欠となっているメディアを正しく使う方法とは?


 著者の森達也さんはドキュメンタリー映画などをつくっている人。

『1984 フクシマに生まれて』という本に森達也さんが出ていて語っていることがおもしろかったのでこの本を読んでみたのだけど、内容が薄かった。書いてることはいいんだけど、五十ページぐらいの分量をむりやり希釈して一冊の本にしたかのような。

 ちくまプリマ―新書という中高生向けのレーベルから出ているので浅めなのはしかたないにしても、それにしてもなあ。

「メディアの言うことを鵜呑みにするな」なんてこれまでにもさんざん言われてるわけじゃん。
「メディアの言うことは100パーセント真実だからそのまま信じよう!」とおもってる人なんてひとりもいないでしょ。いまどき中高生でも「新聞やテレビで言ってたから本当だ!」とはおもってないでしょ(逆に「新聞やテレビは嘘ばっかり」とおもってる中学生はけっこういそう)。ちくまプリマ―新書を読むような子なら余計に。

 メディアが間違えたり嘘をついたりすることなんてみんな知ってる。

 なのに「メディアもまちがえるんですよ」をくりかえし語っている。
 いやいや。そこはみんなわかってるから。わかってて騙されるんだから。

 書いてあることはすごくまっとうだっただけに、薄かったのが残念。

 



 20世紀前半に世界各地でファシズムが台頭したのはラジオと映画の普及によるものだ、という話。

 でも識字能力(読み書き)を要求しない映画とラジオは、それまでとは比べものにならない規模のプロパガンダを可能にした。この新しいメディアと、新聞やポスターなどの旧いメディアを縦横無尽に組み合わせながら、ゲッベルスは国民に対して、政治的なプロパガンダを行った。

 この説は眉唾だけど(それ以前にも独裁国家はいくらでもあったし)、瞬時に大量の情報を届けられるメディアがファシズムの勢力拡大に貢献したことは間違いない。
 少なくとも20世紀以降の世の中では、メディアを牛耳ることなく独裁を貫くことはまず不可能だろう。
 ディストピア小説でもまずまちがいなくメディアは権力者によって押さえられている。

 全世界で6000万人という膨大な犠牲者をだした第二次世界大戦は、1945年に終了した。ヒトラーやゲッベルスは自殺したけれど、残されたナチスドイツの幹部たちは、連合国側が主催するニュルンベルク裁判で裁かれた。かつてヒトラーから後継者の指名を受けていたナチスの最高幹部ヘルマン・ゲーリングは、「なぜドイツはあれほどに無謀な戦争を始めたのか」との裁判官の問いに、以下のように答えている。
「もちろん、一般の国民は戦争を望みません。ソ連でもイギリスでもアメリカでも、そしてドイツでもそれは同じです。でも指導者にとって、戦争を起こすことはそれほど難しくありません。国民にむかって、我々は今、攻撃されかけているのだと危機を煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやりかたは、どんな国でも有効です」

 これは時代を超えて通用するやりかただよな。
 今でも「○○国が攻めてくるかもしれないから軍備を強化しなければ!」って声は弱くならないもん。相手国のほうも「このままだと日本が攻めてくるぞ!」という雰囲気になれば、すぐにでも戦争は始まってしまう。


 いじめや差別もそうだよね。
 ほとんどの差別って「あいつに嫌がらせしてやろう」という悪意から生まれていない。
「このままだとあいつらに安全を脅かされる」っていう防衛本能から生まれる。

 フィクションで描かれるいじめは「極悪非道ないじめっ子と、純粋無垢ないじめられっ子」という構図が多いが、現実のいじめはそんなに単純じゃない。いじめられっ子が嘘つきだったり攻撃的だったり嫌なやつであることが多い。
 だからいじめが止まらない。悪意を持ちつづけられる人はほとんどいないけど、正義感は持続できるしどこまでもエスカレートする。

 戦争も差別もいじめも、正義によって生みだされる。




 オウム真理教報道について。

 地下鉄サリン事件が起きた直後の日本のメディアは、まさしくオウム一色だった。新聞は毎日一面で事件の推移を伝え、号外はしょっちゅう出る。雑誌も毎週のようにオウム特集で、増刊号もたくさん出た。テレビはレギュラー番組の放送を休止して、朝から晩までオウム一色。それも1週間や2週間じゃない。何カ月もそんな状態が続いていた。
 この頃のメディアは、とても危険な宗教団体としてオウムを描いていた。確かに事件それ自体は凶悪そのものだ。でも、打ち合わせのためにオウム施設を訪れたとき、そこで出会った大勢のオウム信者は、一人残らず善良で、優しくて、気弱そうな人たちだった。僕は混乱した。世間ではマインドコントロールされた凶悪な殺人集団と思われている彼らは、殺生を固く禁じられ、世界の平和を本気で願う人たちだった。

 これねえ。
 当時を知らない人には伝わらないとおもうけど(ぼくも中学生だったからそこまでテレビ観てたわけじゃないけど)、すごかったんだよ。ずっとオウムの話やってた。

 新型コロナウイルスで騒ぐのはまだわかるんだけど。みんなの生活に直結する話だから。

 でもオウムはそうじゃない。たしかに地下鉄サリン事件は大事件だったけど、大半の日本人にとっては関係なかった。それなのにずっとオウムの話やってた。山梨県に上九一色村って村があったんだけど、当時の日本人はみんなその名前を知ってた。オウム真理教の施設があったから。教団内部で使ってた用語も幹部の名前もみんな知ってた。

 オウム真理教は異常な集団だったけど、今おもうと当時の報道も同じくらい異常だった。

 今からふりかえると「そこまで騒ぐことか?」ってことなんだけどね。
 まあ「おもしろかった」んだよね。得体の知れない宗教団体が謎のルールに従って暗躍している、って話が。

 しかも、ただ騒いでただけでなく、みんな同じトーンで語ってた。「異常な集団が起こした異常な事件」だと。
「いや彼らには彼らの事情があるんでしょ」とか「彼らにも人権はある」とか言う人は、少なくともテレビや新聞にはひとりもいなかった。

 あの熱狂ぶりを知っている者からすると、戦争に突き進むのもあっという間なんだろうなという気がする。
 オウム真理教がそこまで信者の数も多くない一宗教団体だったからあの程度で済んでいたけど、あれがもっと大きい団体とか国とかだったら、すぐに戦争になっちゃうだろうな。

 メディアの種類が変わっても、人間の性質はずっと変わらない。

 

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