2021年7月9日金曜日

頭の大きなロボット

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 星新一氏の『頭の大きなロボット』というショートショート作品がある。
 文庫『未来いそっぷ』に収録されている。

 あらすじはこうだ(以下ネタバレ)。



 忘れっぽく疑りぶかい経営者であるエヌ氏。
 人間が信用できないのでロボットを作り、機密情報をすべてロボットに記憶させる。
 他人に情報が漏れないように合言葉を設定するが、たまたま他人が合言葉を口にして情報が洩れそうになる。
 今度は音声認識機能をつけるが、自分の声が録音されてロック解除されてしまう。
 さらにセキュリティを強化するため指紋認証機能をつける。
 機能を追加するたびにロボットの頭はどんどん大きくなる。
 すばらしいロボットができたことに満足したエヌ氏は祝杯を挙げ、酔った拍子にロボットにもたれかかる。頭が大きくなりすぎたロボットはバランスをくずして倒れ、エヌ氏の指紋を潰してしまう……。

 短いながらも起承転結のあるストーリー、巧みな伏線、皮肉の利いたオチ。ショートショートのお手本のような作品だ。ぼくの好きな星新一作品のひとつだ。
(ロボットなんだから知能を司るパーツを頭部に入れる必然性がないという野暮なツッコミはなしだ)


 短いコントのような作品だが、今読むとまるで現代を予見していたかのような気にさせられる。

 現代を生きる我々にとっての〝頭の大きなロボット〟とは、いうまでもなくスマートフォンだ。

 電話番号はもちろん、パスワード、財布、スケジュール、カメラ、アルバム、本棚、テレビ、ゲーム、辞書、ありとあらゆる情報がその中に詰めこまれている。
『頭の大きなロボット』のように物理的に大きくはなっていないものの、その機能は肥大していく一方。ほとんどの人にとって、金では買えないほどの価値が小さな端末の中にある。

『頭の大きなロボット』では指紋を失ったエヌ氏はあらゆる情報を失って呆然とするが、スマホが壊れて一切アクセスできなくなったほうが失うものは大きいかもしれない。
 人によっては思い出や他人とのつながりもいっぺんに失ってしまうことになるのだ。




 話は変わるが、人間関係をうまくやっていく秘訣は、逆説的だが人と深く関わらないことだ。
 少ない人と濃密に関わるより、多くのコミュニティに属すことでひとりあたりの付き合いを相対的に浅くする。
 そうすれば、嫌なことがあればすぐに抜けだせる。「いつ離れてもいいや」とおもえば多少のことは許せるようになる。「自分にはこの人しかいない」という関係は、うまくいっているときはいいが、そうでないときは自分を苦しめる(そしてたいていうまくゆかない)。

 深刻ないじめが起きるのも、接続できるチャンネルが少ないときだ。中学生にはコミュニティが少ない(家と学校と部活と塾ぐらいでしかも後の三つは重なっていることも多い)からいじめが起きやすい。月に一回しか顔を合わせない関係ならいじめなどほとんど起きないだろう。


 人にかぎらず、ものとの付き合いも同じだとおもう。
 一極集中はたしかに便利だが、失ったときのダメージもでかい。

 連絡先はパソコンでも管理、写真はクラウドに保存、支払いは財布、本を読むのは紙か電子書籍専用端末……としておいたほうがリスクは小さい。

 リスク管理とは情報が失われないようにすることではなく、情報が失われても平気なようにすること……だと五十年以上前に書かれた『頭の大きなロボット』(初出は1970年)は教えてくれる。


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