2020年6月30日にまたここで会おう
瀧本哲史伝説の東大講義
瀧本 哲史
経営コンサルタントや投資家の経歴を経て、京大などの准教授を務めた瀧本哲史氏が、東大でおこなった講義を本にしたもの。
一回の講義を本にしたものなので、正直情報量は多くない。何かを知りたいならこの本よりも、瀧本氏が執筆した本を読んだほうがずっといいとおもう。
ただこの本からは〝熱意〟みたいなものは感じることができる。もちろん活字にしているので生講義に比べれば何十分の一でしかないんだろうけど、それでもたしかに息遣いが感じられる。
音は悪くてもライブ盤CDのほうが迫力を感じられるように。
パラダイムシフトはどんなふうに起こるかという話。
ぼくの知り合いのおばあちゃんの話。
もう九十歳を過ぎていて完全に認知症だ。最近のことをまったくおぼえていなくて、三分おきに何度も同じ話をくりかえす。
選挙の時期になると、息子がおばあちゃんを投票所に連れていく。もちろんおばあちゃんはどんな候補者が出ているのか、誰がどんな政策を掲げているのかはまったく知らない。三分前のことをおぼえていないのだからあたりまえだ。でもおばあちゃんは投票用紙に「自民党」と書いて投票箱に入れる。数十年間ずっとそうしていたから。
このおばあちゃんに、いまさら考え方を変えさせることは無理だろう。仮に自民党が消滅したとしても、おばあちゃんは投票所に足を運べるかぎりはずっと「自民党」に票を入れつづけるのだろう。
これは極端な例だが、そこまでいかなくても人が考えを改めるのはむずかしい。賢い人でも。いや、賢い人ほど。
ターリ・シャーロット『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』によると、多くの情報を得た人は、「元々の自分の考えに近い証拠」を信じ、「元々の自分の考えにあわない証拠」を切り捨て、ますます自説に執着するそうだ。
さらに認知能力の高い人ほど自己正当化がうまく、議論によって考えを改める傾向が低いのだそうだ。
「人の常識はそうかんたんに変わらない」は悲しい現実だ。
けれど「時代が変わって構成員が変われば世の中の常識は変わる」は希望でもある。
「若いやつは苦労すべき。少ない給料で長い時間を働くことで成長できる。おれもそうやって成長した」「女は家庭を守ってなんぼ。子どもには母親がずっとついていることが必要。わたしもそうやって家庭を守ってきた」とおもってるおっさん・おばさんに考えを改めさせるのはすごくむずかしい。ほぼ不可能といっていい。
しかし旧い価値観の持ち主が社会から退場してゆくことで、ちょっとずつ世の中は変わっている。少しずつだけど、学校でも会社でも根性論は消えつつある。路上で他人が近くにいても平気でタバコをばかすか吸うおっさんももうすぐ死滅してくれるはず。明るい未来だ。
しかし「時代が変わって新しい価値観が主流になるとき」には自分も年寄りになって「あいつら古い考えを押し付けんなよ。早く現世から退場しろよ」とおもわれる側になってるわけで。ううむ。やはり未来は明るくないのかも。
歯に衣着せぬものいいも、講義をそのまま本にした「ライブ盤」ならではの魅力かもしれない。
「人生において読んでおくべき本はないですか?」と学生から訊かれて「そんな本、ない」「そういうバイブルみたいな本、大っ嫌いなんですよ」とかバッサリ切り捨てているのも読んでいておもしろい。
政治家って高学歴な人が多いからついつい賢い人にちがいないとおもってしまいがちだけど、ぜんぜんそんなことないよね。ほんとに賢い人は政治家になんかならない。選挙のたびに四方八方にぺこぺこ頭下げて、当選しても党の言うがままになって、何かあれば批判が殺到する政治家になるなんて、賢い人間のすることではない。
自分に利をもたらすよう政治家をうまく操縦することこそ、ほんとに賢い人がやることだよね。瀧本哲史さんみたいに。
この講義は基本的に「自分で考えろ」ってことしか言ってない。
さっきの「読んでおくべき本などない」もそうだけど、具体的に「こうしなさい。これをすればうまくいきますよ」みたいな助言は一切出てこない。これはすごく誠実な態度だ。
「○○すればうまくいく」って言うのは詐欺師だけと相場が決まってるもんね。
地図ではなく、方位磁針のような本。おおざっぱな方向性だけは教えてくれる。ただしどのルートを通ればいいのか、目的地まではどれぐらいの距離なのか、そもそも目的地が何なのかは一切教えてくれない。
読むと何かをしたくなる本。特に若い人におすすめしたい本。もちろん「すべての人が読んでおくべき本」ではないけどね。
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