2021年1月29日金曜日

【読書感想文】「定番」は定番の言葉じゃなかった / 小林 信彦『現代「死語」ノート』

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現代「死語」ノート
現代「死語」ノートⅡ

小林 信彦 

内容(e-honより)
「太陽族」「黄色いダイヤ」「私は嘘は申しません」「あたり前田のクラッカー」「ナウ」…。時代の姿をもっともよく映し出すのは、誰もが口にし、やがて消えて行った流行語である。「もはや戦後ではない」とされた一九五六年から二十年にわたるキイワードを紹介する、同時代観察エッセー。


 戦後の流行語の中から、使われなくなった「死語」を拾い集めて著者(昭和7年生まれ)の解説をつけたエッセイ。

 死語というのはおもしろい。生き残っている言葉よりも確実にその時代を映している。

 たとえば1961年(昭和36年)の流行語。

 <女子学生亡国論>
 早大の国文学科に暉峻康隆という教授がいた。
 マスコミにも登場するいわゆる<名物教授>だったが、この人が「私大の文学部は女子学生に占領されて、いまや花嫁学校」と発言した。
 それじたいはどうということもないが、慶大教授でテレビタレントでもある池田弥三郎という人がいて、「女子学生亡校論」をとなえ、この二つが混じって<女子学生亡国論>になったといわれる。<亡国>とは<国をほろぼす>という意味だから、現在だったら冗談ではすまされない。

 すごい。著者は「それじたいはどうということもないが」と書いている部分も相当まずい(このへんの感覚が昭和7年生まれか)。
 今こんな発言したら退職に追いこまれるかもしれない。

 しかし今では「文学部は女子学生だらけ」なんてあたりまえすぎて誰も言わない。それだけ女性が高等教育を受けることがあたりまえになったということだ。




 1986年(昭和61年)の流行語。

〈定番〉
 ファッション用語で、流行に左右されぬ、常に人気のある商品のこと。商品番号が一定していることから出た言葉で、この年、各女性誌で広まった。
 現在ではファッション以外の世界でも用いられる。だから、死語ではないのだが、発生が珍しいので触れてみた。

 えっ。
「定番」ってそんなに最近の言葉だったの。驚いた。
 もっとも言葉としてはもっと古くからあったのかもしれないが、流行語として選ばれるぐらいだから1986年以前はあまり使われなかったのだろう。

 1986年まで「定番」が一般に使われていなかったのは、それまでは「定番」がなかったからではなく、逆に「定番」があたりまえだったからだろう。
 服は長く着るのがあたりまえ。流行を追って毎年のように買い替えるなんて考えられない。すべてが定番。だからあえて「定番」を使う必要がなかった。
 ところがバブル期(1986年といえばちょうどバブルがはじまった頃だ)から、ファッションは消耗品になった。だから「流行り物」ではないという意味の「定番」という言葉が生まれた。携帯電話が生まれたことで「固定電話」という言葉が生まれたように。

 こういうところにもバブルの片鱗が見てとれる。




 言葉には時代の空気が濃厚に反映されている。

 昭和三十年代は流行語も景気がいい。明るく楽しい言葉が多い。
 だが高度経済成長期ぐらいから暗い言葉が増えはじめる。公害、過労死など高度経済成長のひずみが目に付くようになったのだろう。冷戦の影響も大きいはず。

  1995年(平成7年)の流行語(死語)。

〈ジャパン・パッシング〉
 経済的に強い日本を叩く、いわゆる〈ジャパン・バッシング〉の時代は終り、安全神話の崩れた無力な日本を諸外国は黙殺しようとしている、とテレビで多くの評論家が語った。
 日本を〈パスする〉――これが〈ジャパン・パッシング〉だと言われたが……。

 bashing(非難)ではなくpassingね。「無視」みたいなニュアンスだろうね。
 バブル期に日本は叩かれていたが、今おもうと叩かれていたうちがハナ。すっかり歯牙にもかけられない国になってしまった。




 流行語・死語の移りかわりを見ていると、流行の担い手がだんだん若くなっているように感じる。戦後の流行語は大人の言葉が多い。政治経済用語だったり、小説や映画のフレーズだったり。
 次第に子ども向けテレビ番組や中高生発信の流行語が増えてくる。大人たちが文化の先導者でなくなってゆく。

 くだらない流行語が増えてゆくのだが、あながち悪いこととも言いきれない。社会が抱える深刻な問題が小さくなったからこそ、テレビやアニメの言葉の重みが相対的に増したのだろう。
 歴代流行語大賞(ユーキャン)を見ていると、ここ最近の流行語なんてテレビ・スポーツの言葉ばかり。ほんとにバカみたいだけど、2020年はほとんどコロナ関連だったことをおもうと(2021年もたぶんそうだろう)今となっては懐かしい。またバカな言葉が流行語になる時代になってほしい。


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