人情裏長屋
山本 周五郎
以前読んだ山本周五郎の小説『あんちゃん』は、実力はあるのに無欲な主人公がつつましく生きていたが、優しいので女にはもて、他人のピンチを救ったことで正当に評価されて大出世……というポルノ小説ばかりが並んでいたが、『人情裏長屋』のほうはもっとバラエティに富んでいておもしろかった。
とはいえ『おもかげ抄』『人情裏長屋』『雪の上の霜』あたりはその手の〝お天道様は見ている〟系の単純な勧善懲悪小説なんだけどね。
しかし化け物と暮らすことになる『風流化物屋敷』、乞食を殿様に仕立てあげて大家を騙す『長屋天一坊』、怠け者の男が幽霊を貸す商売をはじめる『ゆうれい貸屋』なんて、まさに落語そのもの。
これ、ほとんどそのまま落語にできるんじゃないかなあ。星新一氏が何篇か落語作品を書いているけど、それと似た味わい。
個人的には『長屋天一坊』が特におもしろかったな。話が二転三転するし、登場人物も「成金で強欲な大家」「器量が悪く好色な大家の娘」「おつむの足りない乞食」「いたずら好きな長屋の住人」と役者がそろっている。
今『落語っぽい』と書いたけど、昔は落語や講談と小説の区分ってそれほどはっきりしてなかったんじゃないのかな。文字で読むか噺を聴くかのちがいだけであって、中身はほとんど同じようなもので。
それが、小説のほうは時代に合わせてどんどん変化していったのに対し、落語だけが取り残されてしまった。いや、落語だって変化はしてるんだけど、そのスピードは小説に比べてずっと遅い。なんだかんだいってもいまだに古典落語のほうが主流だもん。
ぼくも古典落語は好きだけど、もっと変化のスピードを上げないと落語の世界に未来はないとおもうな。
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