ラプラスの魔女
東野 圭吾
(ネタバレ含みます)
「ラプラスの悪魔」という概念がある。
ピエール=シモン・ラプラスによって提唱されたもので、「初期状態がすべてわかればその後何が起こるかわかる」という考え方だ。
たとえば坂道の上にボールがあり、坂の角度、ボールの質量、摩擦の大きさ、大気圧、風向きと風速などがわかっていればボールがどこまで転がるかは事前に予測できる。それと同じように、宇宙誕生の瞬間の状況を理解できれば、未来も含めこの宇宙で起こる出来事すべてを言い当てることができる、というわけだ。
たしかに理論上は可能かもねーという気になるが、この考え方は現在では否定されている。カオス理論なるものによって複雑な事象の未来余地ができないことがわかった(らしい)のだ。もっとも、カオス理論について書かれた本を何冊か読んだが、ぼくにはさっぱり理解できなかったが。
まあそんな「ラプラスの悪魔」の能力、つまり物理的な動きを予見する能力を人間が手に入れたら……というSF小説だ。
SFには説得力が必要だ。嘘をもっともらしく見せるハッタリ、といっていい。『ラプラスの魔女』は残念ながら、そのハッタリが弱かった。
能力を獲得した経緯については冗長といってもいいほどの理由付けをおこなっている(はっきりいって能力が説明されるまでがものすごく長い。読者はとっくにわかってるのに)。脳の損傷、天才的外科医による手術、損傷した部位を補うための超常的な回復……。
それはいい。「こういうわけで物理的な動きを予想できるようになりました」これは納得できる。たとえば一流アスリートは一般人よりもボールの動きを読む力に長けているわけだから、「それのもっとすごい版」を獲得するのであれば「まあそんなこともありうるかもしれないな」とおもえる。
ただ、この小説に出てくる「ラプラスの悪魔」の能力は度が過ぎる。紙片の落ちる位置や気体の流れる方向を予測したりするのはいいとして、「人間の行動もだいたい予測できる」「その場にいない人間の行動まで読める」「話術によって他人の意思を操れる」といった能力まで付与されている。それラプラスの悪魔の能力をはるかに超えてるやん……!
当初は「物理的な変化を予測する」能力だったのに、いつのまにか未来予知能力に進化しているのだ。能力が進化するってもはやジョジョのスタンドやん。
あと「奇跡的に獲得した」はずの能力だったのに、あっさりと別の人物にコピーできてるし。エンヤ婆の弓矢かよ。
そして……もっとも興醒めだったのは、ぼくが大嫌いな「真犯人が訊かれてもいないのに過去の犯行や自分の内面をべらべらとしゃべる」があること。『プラチナデータ』もそうだったけど。
おしゃべりな犯人を登場させる小説ってダサいよね。最後に犯人が敵を相手に一から十まで言っちゃうやつ。犯人は冷酷非情で頭脳明晰なはずなのに、なぜか最後だけ親切なバカになって自分にとって不利なことをべらべらとしゃべっちゃう。火曜サスペンスか。
ああ、やだやだ。もう「訊かれてもいないのにべらべらとしゃべる犯人」は条例で禁止にしてほしい!
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