『世にも奇妙なマラソン大会』
高野 秀行
いつもながらの高野秀行のノンフィクション。そしていつもながらにおもしろい。
表題作は、最長10kmしか走ったことがない著者が、フルマラソン、それも世界一過酷ともいわれるサハラ砂漠を走るマラソン大会に参加してしまう(それも酔った勢いで!)という話。
マラソンの顛末はぜひ本書を読んでいただきたいが、マラソン大会がはじまるまでの西サハラの描写もおもしろい。
ほとんどの人は西サハラという地域のことを知らないだろう(もちろんぼくも知らなかった)、何十年もの間、独立をめぐってモロッコ王国と戦い続けている地域なんだって(国連からは国として認められていない)。
イスラム教地域でありながら、他のイスラム教国とは大きく風習の違う西サハラ。
高野氏はこんなふうに分析している。
そういえば日本でも、太平洋戦争後期は男手が足りなくなって、女性が中心となって防災や防犯のネットワークがつくられたと聞く。
戦後に女性の社会進出が進んだのは、単にアメリカ文化が入ってきただけではなく、戦争中の男手不足も要因だったのかもしれない。
戦争が長期化すると女の地位が向上する、というのは世界共通なんだろうね。
その他、
ブルガリアでゲイのおっさんの家にたったひとりで泊まることになり、おっさんとの攻防を経て己の意外な心境に気づく『ブルガリアの岩と薔薇』、
なぜか次々に女性が旅人に抱かれにくる村や怪しいペルシア絨毯商人の謎めいた話を収録した『謎のペルシア商人ーーーーアジア・アフリカ奇譚集』など、
どれをとってもおもしろい。
中でも白眉だったのが『名前変更物語』。
過去にインドに密入国をしたことがあるせいでインドへの入国ブラックリストに載っている著者が、幻の怪魚をさがしにインドに行きたいがために、名前を変更して別名義のパスポートをつくろうと東奔西走する話。
「インドに密入国」「幻の怪魚をさがしに」「名前を変更」
どれをとっても常人のやることではない!
世の中にはときどきこういう冒険という悪魔に魂を捧げたような人がいる。
傍で見ているぶんにはすこぶるおもしろいんですが、家族はたいへんだろうなあ。
高野氏は、名前を変えるためにあの手この手を弄する。
誰かの養子になることや、妻と離婚してからすぐに再婚して妻の苗字を名乗ることを画策するも、諸事情により断念。
そこでインド当局を欺くために考えたのが、日本人にしか使えない意外な方法で......。
これ以上はネタバレになるので避けるけど、いやあほんとばか。
おもしろいエッセイというのは、だいてい「なにやってんだこいつ」と読者があきれる文章だと思うのだが、この作品は見事にその条件を満たしている。
くだらなくておもしろいノンフィクションを読みたい人には、自信をもっておすすめできる一冊。
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