2020年5月20日水曜日

【読書感想文】今こそベーシック・インカム / 原田 泰『ベーシック・インカム』

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ベーシック・インカム

国家は貧困問題を解決できるか

原田 泰

内容(e-honより)
格差拡大と貧困の深刻化が大きな問題となっている日本。だが、巨額の財政赤字に加え、増税にも年金・医療・介護費の削減にも反対論は根強く、社会保障の拡充は難しい。そもそもお金がない人を助けるには、お金を配ればよいのではないか―この単純明快な発想から生まれたのが、すべての人に基礎的な所得を給付するベーシック・インカムである。国民の生活の安心を守るために何ができるのか、国家の役割を問い直す。
日本国憲法第二十五条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と記されている。いわゆる生存権だ。

生存権を保障するためにいろんな制度がある。
その代表的なものが生活保護制度だ。生存権を守るための最後の砦といってもいい重要な制度だ。

ところが生活保護はあまり評判がよろしくない。
不正受給は論外にしても、きちんと受給条件を満たしてもらっている人に対しても風当たりは強い。
やれもらいすぎだ、やれ無駄遣いするな、やれ贅沢するな。
まがりなりにも働いて納税をしているぼくとしても、理性では「生活保護も当然の権利」とわかっちゃいるけど、本音を言うと「働かずに我々の払った税金で暮らしてるんだからつつましく生きろよ」という気持ちもある。

だいたいの人の生活保護受給者に対する気持ちは、あわれみとやっかみと恨みと蔑みの入り混じった複雑なものなんじゃないかな。
初対面の人に「お仕事は何されてるんですか」と訊いて「会社員です」と言われたときと「生活保護で暮らしています」と返ってきたときで同じ表情をすることはできない。

「生活保護を完全になくせ。病気やけがで働けなくなっても地震で財産をすべて失っても自己責任だ! 金がなくなったらのたれ死ね!」
という極端な考えの人はほとんどいないだろう。
そこそこ生きてきた人なら、誰しも努力だけではどうにもならない不幸に陥る可能性があることを知っている。

だけど生活保護受給者に向けられる目は厳しい。
それは「働いていないくせに自分とほとんど変わらない(または自分以上の)暮らしをしているのが気に入らない」に尽きるとおもう。

たとえば生活保護受給者がぼろぼろのアパートで一日一食、家財道具は布団一枚きりという暮らしをしていたら誰も目くじらを立てない。
テレビとスマホを持って寿司を食ったりパチンコをしたりしているから白い目で見られるのだ。
 要するに、日本の一人当たり公的扶助給付額は主要先進国のなかで際立って高いが、公的扶助を実際に与えられている人は少ないということになる。これは極めて奇妙な制度である。日本に貧しい人が少ないわけではない。同志社大学の橘木俊詔教授は、生活保護水準以下の所得で暮らしている人は人口の一三%と推計している(『格差社会』一八頁、岩波新書、二〇〇六年)。ところが、実際に生活保護を受けている人は二〇〇六年でわずか一・二%である(国立社会保障・人口問題研究所ウェブサイト「社会保障統計年報データベース」第9節「生活保護」の第二七一表「被保護実世帯・被保護実人員・保護率」。埋橋前掲論文との値の違いは調査年の違いによる)。
 私は、日本も、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカのように給付水準を引き下げて、生活保護を受ける人の比率を高くすべきであると考える。これまで日本で奇妙な制度が続いてきたのは、おそらく、高い給付水準のままで実際の支給要件を厳しくし、保護を受ける人の比率を下げていたほうが、給付総額が減るという財政的要請があるからだ。しかし、今後、六十五歳以上の無年金者が続出するなかで、現在の制度は維持できないだろう。六十五歳以上の人は、支給要件の一つである「働けないこと」を容易に証明できるからだ。日本独自の制度をやめて、グローバルスタンダードに合わせるしかないだろう。
日本の生活保護受給額は諸外国と比べて高いのだそうだ。だけどもらっている人は少ない。
それは制度のことをよく知らなかったり、役所の水際作戦で本来もらえるべき人がもらえなかったり、生活保護をもらうのは恥ずかしいという意識があったりするから。

結果、「一生懸命働いている人よりも生活保護をもらっている人のほうが収入が多い」「同じような条件なのに片方は生活保護で月二十万円もらえて片方は〇円」というアンバランスな状況になっている。
これはどう考えたっておかしい。

この不公平をなくすための制度が、ベーシックインカムだ。



ベーシックインカム(以下BI)とは、所得にかかわらず国民全員に一律で同じ額を国家から支給する制度のことだ。

たとえばBIを月七万円としたら、まったく働かなくても月に七万円もらえる。月に十万円稼げば、給与十万円+BI七万円が所得となる(給与からは税金が引かれるが)。
 基本的にすべての人の年間所得は、「自分の所得×〇・七+BI八四万」となる。所得のない人も八四万円の基礎所得を保障されるが、自分の得た所得の三割を課税される。自分の所得が二八〇万円になると、その三割の税=八四万円を取られて、基礎所得と税が一致する。
 以下に示すBIは、結婚や扶養などの有無によらずすべての成人に年八四万円のBIを、各自の銀行口座に振り込むという制度である。配偶者や子どもの扶養控除、基礎控除などほとんどの控除を廃止する。子どもにも三万円のBIをその母親の口座に振り込む。基礎年金は廃止し、BIで代替する。厚生年金は、完全に独立採算制の年金に置き換える。
で、著者はいろんな数字を挙げながらBIの実現可能性について検証している。
あくまで机上の計算だが、結論としては「BIは実現可能」だそうだ。
額にもよるが、月七万円程度であればすぐにでも実現できるようだ。
月に七万円あれば、地方に行けば十分生活していける。ちょっとアルバイトして数万円稼げばほどほどの娯楽も楽しむ余裕も生まれるだろう。

もちろん国民全員に月七万円配るわけだから、国家の支出は増える。
ところがBIを導入すれば削減できる支出も多い。
たとえば生活保護費用は必要なくなる。子ども手当や老齢基礎年金や雇用保険も「生きていくために払っているお金」なので、BIに置き換えることができる。
「仕事を生みだすためだけ」におこなっている公共事業もなくすことができる。環境にもいい。
農業、林業、中小企業などのうち採算を上げられない事業を保護するための補助金も、「その仕事に従事する人を食わせるため」のものなのだから、BIがあれば必要なくなる。
このへんをカットすれば、中間層の税率は今と同程度にしたままでBIを導入できるのだそうだ。


すばらしい。
BIの導入には様々なメリットがある。
ぼくが思いつくだけでも、

  • 貧困が減る。特に本人の責によらない貧困(たとえば子どもの貧困)が減る
  • (今よりは)公平になる(働いている人は全員、働いていない人以上の所得を得られる)
  • 犯罪が減る(食うに困っての犯罪がなくなる。食うために犯罪組織に入る人もいなくなる)
  • ブラック企業が消える(「いざとなったらいつでも辞められる」となれば劣悪な環境で働く人はほぼいなくなる)
  • 医療費も減る(体調や精神が不調になったときに早めに休める)
  • 貧困世帯の労働意欲が増す(今の生活保護受給世帯だと働いて収入を得たら生活保護受給額が減らされるので働いても働かなくても総収入はほぼ変わらなかったりする。BIだと働けば働かないより確実に収入が増える)
  • 少子化対策(収入がネックで結婚、出産を思いとどまっている人が産めるようになる)
  • 経済成長につながる(低所得者にお金がまわればその大半は消費にまわる。また中間層も収入が永遠に保障されているなら貯蓄ではなく消費にお金をまわすようになる)
  • 技術的イノベーションが起きる(生活が保障されればリスクをとって革新的なことに挑戦しやすくなる)
  • 都市への一極集中が緩和される(労働に縛られなくなれば家賃や生活費の安い地方への移住が進む)
  • 行政コストの削減(さまざまな補助金や支援制度をBIに一本化できる)
  • 富の再分配になる(高所得者から低所得者への移転になる)
  • 本当に困窮している人が支援を受ける際に負い目を感じにくい(だって全国民がもらってるんだもん)

いいことだらけじゃないか。
「バラマキ政策」というと非難されがちだけど、それは変な条件をつけたり特定の業界の人にばらまいたりするから不公平で良くないのだ。全員にばらまくのはいたって公平だ。

デメリットについても考えてみる。
よく挙げられがちな反対意見(「財源が足りない」「人々が働かなくなる」など)はこの本の中で反証されているので省略するとして、それ以外でぼくがおもいついたデメリット。

  • 仕事によってはなり手がいなくなるんじゃないだろうか
きついから誰もやりたがらないけど、誰かがやらなきゃいけない仕事ってあるじゃない。たとえば原発事故の除染作業員とか。そういうのって今は「食うに困ってる人」で成り立ってるとおもうんだよね。いいか悪いかはべつにして。
BIによって「食うに困ってる人」がいなくなれば、そういう仕事に従事する人がいなくなるんじゃないだろうか。
賃金を上げればいいのかもしれないけど、それは国家財政の負担が増えるということになるので、今度は財源の問題になる。そこまではこの本では考慮されてなかった。
外国人移民にやらせるというのも人道的にどうなんだという気がするし。

  • 非生産的な仕事の成り手が増える
さっきの話と一緒のことなんだけど、人気の仕事ってあるじゃない。プロスポーツ選手とか歌手とか俳優とかYouTuberとか。
多くの人が目指すけど、食っていけないから大半はあきらめてべつの仕事に就く。
ところがBIがあればいつまででも食っていけるから五十歳になっても夢を追いかけて売れない役者生活を続けることができる。
それが本人にとって幸福かどうかはわからないけど、少なくとも社会にとっては労働力の損失だよね。才能がなくても続けられるってのは。
将棋の奨励会みたいに年齢制限を設けてある業界ならいいんだけどさ。
「BIがあるからまったく働かない」という人はそんなにいないかもしれないけど、「BIがあるから好きなことだけやっていく」人はすごく増えるとおもうんだよね。
やっぱり納税額は減るんじゃないかなあ。

  • 在日外国人への支給
BIの給付対象をどうするか。まあふつうに考えれば自国民全員だよね。
でも日本人なら働かなくても毎月七万円もらえて、日本で働いている外国人からは徴税だけして支給しないってのは不公平な気がする。でもまあそれは現行制度でも同じか。
それより問題は偽装結婚が増えそうなこと。
日本国籍さえ手に入れれば毎月七万円もらえるんだよ。日本人になりたがる外国人がすごく増えるよね。
そしたら、この先結婚する見込みのない日本人が「自分と書類上で結婚できる権利」を百万円で売りはじめたりするとおもう。
BI目当てで集まる人、集める人が増えるとおもうんだよね。日本でだけやればぜったいに。


  • 政府の権力が強くなりすぎる?

これは人によっていいとおもうか悪いとおもうか分かれそうだけど、個人的にはちょっとこわい。
BI導入によって政府は「全国民にお金を与える存在」になる。
もちろんその財源は税金なんだからもらう側が卑屈になる必要はないんだけど、そうはいっても実際問題として「お金を与える側」と「お金をもらう側」だったらどうしても前者の立場が強くなる。
やっぱり財布を握られてるってこわい。政府が誤ったら国民が正さなきゃいけないのに、批判の声が弱まってしまいそうな気がする。


  • 既得権益が失われる

これも人によってメリット/デメリットの評価は分かれることだけど。
いろんな「〇〇控除」「〇〇手当」「〇〇補助金」が廃止されることになれば、当然ながらそこにかかわっていた人の権力が失われる。
「おれの言うことに従ってたら補助金やるよ」と言ってた人が言えなくなっちゃうわけだからね。
完全な公平って権力の入る余地がなくなるんだよね。それってすばらしいことなんだけど、でも今不公平であることで甘い汁をすすってる人は黙ってないだろうね。
消費税に軽減税率を設けることで「政府の言うことを聞く業界は軽減税率の対象にしてやるよ」ってやった(そして新聞業界はまんまと転んだ)ように、権力者は「公平」を嫌うからね。
BI導入にあたっての最大の障壁となるのはここだろうね(そして今の権力が失われるからたぶん実現しない)。


でもBI自体はすごくおもしろい試みだとおもうんだよね。
どっかの自治体とかで社会実験的にやってほしいなあ。海外はやってるとこあるみたいだけど。


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