2019年9月5日木曜日

【読書感想文】お金がないのは原因じゃない / 久田 恵『ニッポン貧困最前線 ~ケースワーカーと呼ばれる人々~』

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ニッポン貧困最前線

ケースワーカーと呼ばれる人々

久田 恵

内容(e-honより)
政府の締めつけとマスコミによる福祉たたきの狭間で、貧困層と直接向き合ってきたケースワーカーたち。福祉事務所で働く彼らの悩み、怒り、喜びを通して、過剰な期待と誤解を受けてきた生活保護制度の実情を明らかにする。未曾有の発展をとげた戦後日本の「見えない貧困」を描き出した衝撃のルポルタージュ。

ケースワーカーとは、自治体で生活保護に関わる業務をおこなう人たち(それ以外の業務もあるらしいが)。
ケースワーカーの仕事内容、抱える問題、とりまく環境などについてまとめたルポルタージュ。

この本で紹介されている時代、場所、ケースなどはさまざま。
 ワーカーには立入り調査票が発行されているが、本人の留守中に勝手に部屋に入っていいわけではない。その日、沢井は新人ワーカーを一人連れて、吉沢のアパートに行き、管理人に言って鍵を開けてもらおうとしたが、合鍵などないと言われた。
 困り果てていると、ドアのガラスの割れているところに広告の紙が貼ってあるのを見つけた。破って覗くとすごいスルメの臭いがして、蠅がぶんぶん飛んでいた。やつめ、また飲んでスルメを出しっ放しにして逃げたな、そう思って腕を差し込んでみるとうまい具合に鍵が開いた。中に入り、なんだこりゃ、と言いながらすさまじい臭いの中で、酒瓶の転がった台所を点検していると、連れて行ったもう一人の新人ワーカーが、隣の部屋を覗いて妙に冷静な声で言った。
「あのう、この方ですか?」
 見るとそこに、すでに腐敗し、真っ黒になって転がって死んでいる吉沢がいた。
 その時、さすがの沢井も、もう駄目だ、と思った。ワーカーを辞めたいと思った。
読んでいておもうのは、つくづくたいへんな仕事だということ。
戦後に生活保護制度ができてから今まで、そしてこれからも、ケースワーカーの仕事がたいへんじゃなかった時代などないんだろう。
ぼくだったら「見るとそこに、すでに腐敗し、真っ黒になって転がって死んでいる吉沢がいた」なんて状況に遭遇したら、もう続けられないとおもう(たぶんそれよりもっと前に辞めてる)。

精神的にハード、業務量も多い、感謝されることはほとんどなくて恨まれたり非難されることのほうがずっと多い、身の危険もある、だからといって給料がいいわけではない。

ケースワーカーをやっている人たちにはただただ頭が下がる。



この本を読むまで、生活保護受給者の問題は「お金がない」ことだとおもっていた。
もちろんお金がないから生活保護を受けるわけだが、問題の根っこはそこではない。

今の日本で「食っていくだけのお金がない」という人には、それなりの原因がある。
病気やケガ、老い、障害、失業のようなわかりやすい原因もある。たいていの人が想像するのはこっち。

でもそれだけじゃない。
「人付き合いができない」「決まった手続きに従って作業をすることができない」「持ってるお金より多くを使わないようにすることができない」「ストレスの原因になる家族がいる」といった、病気未満、障害未満の問題を抱えている人がいる。
それも少なくない数。
たぶん小学校の一クラスに三十人いれば、そのうち何人かは該当するぐらいの。
 ワーカーになって川口がしみじみと実感したのは、この社会には周りと折り合いをつけて上手に生きていくことが、どうしてもできない人たちがいるということだった。
 そういう人にとってこの社会は恐怖と不安に満ちている。一人暮らしのアパートを訪ねてくる新聞の勧誘員や、「世界が滅びる」などと言ってくる宗教の勧誘者に、過剰に反応して恐がったりもする。
 働くどころか、一人で生きていく、それだけで大変なのである。
 また、不運がいくつもいくつも積み重なってついに立ち上がれなくなった人や、本人のあまりに弱い資質のせいで、まっとうに生活できなかったりと、原因はいろいろあるが、ギリギリのところで生きている人は、担当のワーカーに過剰な期待をもっている。
 それが思うようにいかないと、延々とウラミの感情を溜めこむようなところに陥ってしまう。そこにいってしまったらもう説得も納得も不可能になる。ワーカーとの関係も悪くなる。

仕事はふつうにできるけれど、金銭感覚だけが著しく欠如している人がいる。あればあっただけ、あるいはある以上に遣ってしまう。
知能に問題はないのに他人と話をする能力だけが欠如している人がいる。
話しているとふつうなのに書類の記入だけができない人がいる。

「訊かれたことに答える」「お手本通りに書類に記入する」「支出が収入を上回りそうなら倹約する」というのは、ほとんどの人にとっては難なくできることだ。努力でもなんでもない。
だから“ふつうの人”からしたら
「こんなかんたんなこと、どうしてやらないの?」
と言いたくなる。
まさかできないのだとはおもわない。
怠慢、無計画、身勝手といった烙印を押してしまう。

生活保護を受けている多くの人にとって、お金がないことは「結果」であって「原因」ではない。
現代日本では“あたりまえ”とされていることをできないことが原因だ。

だからお金を支給するだけでは解決にならない。

羽が折れたせいでエサがとれない鳥に対して、エサを与えて「次からは自分でエサをとれよ」と言っても何も解決しないのと同じように。

この先、“あたりまえのことができない人”は増えていく一方だとぼくはおもう。
社会が複雑化するにつれて“あたりまえ”のハードルがどんどん上がっていくからだ。



第四部『ケースワークという希望に向けて』では、生活保護制度が時代によってどう変わってきたのかが紹介されている。
どうやってできたのか、世間の反応はどう変わったのか、そしてこの先どうなるのか。

戦後の日本中が貧しかった時代にGHQの指示でつくられた生活保護制度。
当初はほんとに「税金で保護しないと餓死する」レベルの人を対象に、ぎりぎり食つなぐだけの給付をする制度だった。
しかし人々の生活が豊かになるにつれて、生活保護の趣旨も「健康で文化的な最低限度の生活」を守るための制度へと変わってゆく。
同時に性善説を前提にした制度だったために不正受給の温床にもなり、厳しい目も向けられるようになった。

生活保護の不正受給が明らかになればケースワーカーが非難され、生活保護を受けられずに亡くなる人がいればケースワーカーが非難される。
かといってすべての申請に対して厳しくチェックするだけの時間も予算もない。

生活保護という制度は長年使っているうちにずいぶん綻びが出てきたようにおもう。

たとえばこんなケースが紹介されている。
 母親は五十代で、慢性的な病気を抱えていた。以前は多少なりとも働いていたが、今は仕事ができず、現在、低賃金のお風呂のない老朽化した民間アパートで、公立高校に通う娘と二人で保護を受けて暮らしている。
 苦労して育ててきた長男は、無事高校を卒業して就職している。彼もやっぱりワーカーの配慮で自立して、寮生活をしていたが、勤めて二年が経った。申し込めば、家族と一緒に社宅に入居できることになったのである。
「おかあさん、部屋も広くてさ。風呂もあるよ。みんなで一緒に暮らそう」
 彼から勢い込んで言ってきたのである。
 ところが、同居して家族がひとつになれば、彼の給料が世帯の収入として計算されてしまう。山本が、三人世帯として保護の要否判定をすると、彼の収入が保護費を若干上回り、母親と妹の保護が廃止になってしまうという結果が出た。
 そうなれば、十九歳の息子が一家の柱になって自分の給料だけで家族を扶養し、母親と妹を食べさせていくことになるのだ。

泣く泣く、長男は家族との同居をあきらめたそうだ。
おかしな話だ。
同居しようがしまいがこの一家の給与収入は変わらない。だったらいっしょに住んだほうがいい。生活費も抑えられるし、お互いに安心感もあるだろう。
なのに同居すると生活保護が受けられなくなるから、不便な道を選ばざるを得ない。

息子の収入が十分に多いのならわかるが、高卒で二年働いたぐらいであれば給料はしれているだろう。病気の母親と高校生の妹を養うことが困難なのは誰だってわかることだ。
けれど今の制度では同居はできない。

生活が苦しいから保護する、ではなく、保護されるために苦しい生活を送る、になってしまっているのだ。制度の欠陥だろう。


こういう例をいくつも読んでいると、生活保護制度ってもうかなりボロボロなんだなとおもう。そろそろ大きな改革をする時期に近づいてるのかもしれない。


この本にも再三「人々の生活が苦しくなると生活保護に向けられる厳しくなる」と書かれている。
「おれはこんなに苦しいおもいをしながら働いているのに、生活保護を受けているやつらは税金で楽しやがって」という憎悪を抱くのは、年収1000万円の人ではなく年収100万円の人のほうだろう(税金を多く払っているのは前者のほうなんだけどね)。

きっと日本人はこれからどんどん貧しくなるから、生活保護受給者やケースワーカーに対する風当たりはさらに強くなる。

個人的には、もらうことに後ろめたさを感じずにすむ制度がいいとおもう。
たとえばベーシックインカムのような、全員が同額をもらえる制度とか。それだったらもらったお金を娯楽に使おうがパチンコに使おうが「ずるい」とケチをつける人は減るだろう。
人頭税の逆ですべての国民が年齢や能力に関係なくもらえるようになれば、子どもを産む動機にもなるし。
都市から地方への移住も進みそうだし(もらえる額が同じなら物価の安い地方に住むほうが得だから)。

問題は財源だけ。たったそれだけ……。


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