2023年1月30日月曜日

【読書感想文】パオロ・マッツァリーノ『サラリーマン生態100年史』 / 昔はマナーもへったくれもなかっただけ

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サラリーマン生態100年史

ニッポンの社長、社員、職場

パオロ・マッツァリーノ

内容(e-honより)
「いまどきの新入社員は…」むかしの人はどう言われていたのか?ビジネスマナーはいつ作られた?忘年会、新年会はいつ生まれた?こころの病はいつからあったのか?いったい、この100年で企業とサラリーマンは本当に変わってきたのか?会社文化を探っていくと、日本人の生態・企業観が見えてくる。土下座の歴史をはじめ、大衆文化を調べ上げてきた著者が描く、誰も掘り下げなかったサラリーマン生態史!


 少し前に堀井憲一郎『愛と狂瀾のメリークリスマス』という、日本におけるクリスマスの歴史について調べた本を読んだ。知っているようで知らないクリスマスの話が盛りだくさんで、おもしろかった。

 戦争とか天災とかイノベーションのような出来事はよく調査されて語られるけど、クリスマスのような「身近すぎるもの」について、まとまった研究をする人は少ない。みんなそこそこ知っているから、わかった気になってしまう。今、自分のまわりに見えるものがすべてだとおもってしまう。

 だから、歴史の改竄(というより認識違い)は、戦争のようなビッグイベントよりも平凡な出来事のほうが意外と起こりやすいのかもしれない。


 で、サラリーマン史である。

 ものすごく身近な存在だ。今ではサラリーマン人口は全労働者の半数以上を占める。ほとんどの人は、サラリーマンであるか、サラリーマンであったか、これからサラリーマンになるか、家族にサラリーマンがいるかだ。

 そんな〝あたりまえ〟のサラリーマンについて、ふつうの人はわざわざ調べようとおもわない。もうだいたい知っているから。それをことさら調べるのがパオロ・マッツァリーノ氏。「歴史のあたりまえ」を疑うのが好きな自称イタリア人だ。




『サラリーマン生態100年史』を読んでいておもうのは、いつの時代も人間のやることはたいして変わらないのだな、ということ。

 戦前も、戦後も、高度経済成長期も、バブル期も、バブル崩壊後も、サラリーマンのやっていることは今と大して変わらない。もちろん仕事の内容や使う道具は変わるが、サラリーマンの生態はそんなに変わらない。

 食うために働き、隙あらばサボり、なんとかして会社の金を自分のものにしようとし、かといって安定を失うほどの大それた悪事はせず、上には文句を言い、下には小言を言っている。いつの時代も同じだ。

 たとえば、新入社員を表した言葉。今どきの新入社員は、教養がない、礼儀がなってない、えらそう、指示を待っているだけ、野心がない……。戦前も、戦後も、今も、言っていることはずっと同じ。いつの世もおじさんにとって若いやつは気に入らない存在であるらしい。こんなやつらで大丈夫かと憂いている。そしてその若いやつらがおじさんになって、また文句を言う。おそらく何万年もくりかえされてきた営みだ。

 もしもおじさんたちが口をそろえて「今どきの新入社員たちは立派だ! 安心して仕事を任せられる!」と言いだしたら、そのときはほんとに社会があぶないかもしれない。




 昔の満員電車はひどかった、という話。テレビでも昔の通勤風景を見たことがあるけど、そりゃあひどいものだった。今の満員電車の比じゃない。

 なにしろ『サラリーマン生態100年史』によれば、ほぼ毎日電車の窓が割れてけが人が出ていたとか、靴が脱げて行方不明になる人が多かったから駅ではサンダルの貸し出しサービスをして毎日利用者がいたとか、乗客が多すぎるときは車掌の判断で駅を飛ばしていたので駅によっては何十分も電車が止まらなかったとか、今では想像もつかないような話が出てくる。

 きっと死者だっていたんじゃないかなあ。おそるべし昭和。

 いま書店のビジネス書売り場では、「通勤電車で学べる○○」みたいな本がたくさん並んでます。その手の本が増えたのも八〇年代後半からでした。それ以前はほとんどありませんでした。というのは、あまりに電車が混んでいて本も読めない状態だったから。混雑が解消されたことで、化粧をしたり本を読んで勉強したりする余裕ができたのです。
 テレビでおなじみの脳科学者は、電車で化粧をするのは若者の前頭葉が退化したせいだなどと決めつけてましたけど、完全にまちがい。電車で化粧する女性がいることは、大正時代から昭和初期にかけても問題になっていました。それが戦後高度成長期に消えたのは、電車がむちゃくちゃ混んでただけのこと。日本女性の道徳心も脳機能も戦前に比べて低下などしてません。根拠もなく非科学的なウソを広める科学者にこそ、脳機能の精密検査をおすすめします。
 一九六〇年代には、通勤電車の混雑率が三〇〇パーセントを超えていました。新聞雑誌に、圧死アワー、酷電、痛勤、家畜車など、通勤地獄を描写するさまざまな表現が登場したのもこのころです。

 なるほどね。昔の人はマナーが良かったのではなく、電車が混みすぎてたから「電車で化粧をするOL」も「足を広げて座るおじさん」も存在できなかっただけ。そりゃそうだ。混雑率300%の電車でマナーもへったくれもない。




 ぼくは音痴なのでカラオケが大嫌いで、以前会社の宴会の後の二次会でむりやりカラオケにつれていかれてずいぶん嫌な思いをした。

 そんなわけでカラオケに対しては憎しみに近い感情を持っていたのだが、昔の宴会のことを知ってちょっとカラオケに対する印象が変わった。

 批判の声もあったものの、カラオケの登場によって無芸のサラリーマンが救われたのも事実です。カラオケはシロウトが歌いやすいようにキーなどを調整してあるので、多少のヘタはカバーしてくれます。ヘタでもとりあえず一曲歌っておけば、場をシラケさせることもありません。OLさんも以前のようなセクハラ宴会芸に悩まされることはありません(デュエットの強要をセクハラと見るかは議論がわかれますが)。

 カラオケ以前の宴会では、かくし芸や長唄や小唄など、一芸を披露させられることが多かったのだ。歌も、カラオケセットがないってことはアカペラで。

 うひゃあ。素人のへたな歌をアカペラで。歌わされるほうも地獄なら、聞かされるほうも地獄。

 いやあ、カラオケがあってよかったー。ま、宴会が悪いというより昔のパワハラ体質が悪いんだけど。




 戦前の出張について。

 ラクなのは視察が目的の出張で、これは報告書さえきちんと書けばいい。でも、なにかを売ってこい、買ってこいと命じられると、結果を出さねばならないのでなまやさしいことではない、とまあ、これはいまでもうなずける話。しかし、女工や鉱夫など、人を集めてこいって課題がもっともむずかしいというくだりは、ネットで求人できてしまう現在ではあまり聞かないかもしれません。
 人跡未踏の開墾地に行き、不景気で困っている百姓に声をかけたり、鉄道工事が終わったばかりの現場に駆けつけ、仕事が一段落した朝鮮人の人夫をもらい受けて炭鉱の鉱夫として連れて行くなんてのは、「その仕事のいわゆる下品なことお話に相成らぬ」とこぼします。大学を出て就職したのに、人買いみたいなまねをしなくちゃならないのは沽券に関わるとでもいいたいようで、露骨に差別的ではありますが、大量の肉体労働者を必要とした炭鉱が基幹産業だった時代ならではのサラリーマン物語。

 うわあ。こんなことまでしてたのか。「人買いみたいなまね」っていうか人買いそのものじゃねえか。

 まあそりゃそうだよな。求人サイトどころか求人誌もない時代だもんな。大量に人を採用しようとおもったら、人が集まるところに行って声をかけるのがいちばんだよな。

 でもこういう採用活動が成り立っていたってことは、当時は「誰にでもできる仕事」がたくさんあったってことだよね。だって外見以外何にもわからない人に声かけるわけだもんね。「力がありそう」とか「金に困ってそう」ぐらいしかわかんないもんね。

 一部の人以外は就活だとか自己分析とか面接想定問答とか無縁の時代だったんだろうな。ある意味、いい時代だったのかもしれない。とはいえそうやって就いた仕事がめちゃくちゃひどい労働環境だったりもしたんだろうけど。




 さっきも書いたけど、サラリーマンなんて、いや人間なんて、百年たっても中身はぜんぜん変わらないのだとわかる。行動原理も思考方法もたいして変わらない。

 でもまあ、あからさまな差別だとか、セクハラだとかパワハラだとか無意味な上下関係だとかはちょっとずつではあるけど減ってきているわけで、長期的には良くなっていってるなと感じる。

 怪我するぐらいの満員電車に詰めこまれて、接待や麻雀に遅くまでつきあわされて、宴会で一芸を披露しなくちゃならない昭和の時代にサラリーマンをやってなくてほんとによかった。精神を病んでいたとおもう。

 あ、この本によると精神を病んでいたサラリーマンは昭和時代も戦前もいっぱいいたそうだ。そりゃそうだ。「昔はこれがあたりまえだった。今の若いやつは甘えてる」なんて戯言を信じちゃいけません。昔だっていっぱい精神を病んで、いっぱい自殺してるんです。たまたま生き残ったやつがえらそうにしてるだけで。

 

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