2023年1月10日火曜日

【読書感想文】中脇 初枝『世界の果てのこどもたち』 / 高カロリー小説

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世界の果てのこどもたち

中脇 初枝

内容(e-honより)
珠子、茉莉、美子―。三人の出会いは、戦時中の満洲だった。生まれも境遇も何もかも違った三人が、戦争によって巡り会い、確かな友情を築き上げる。やがて終戦が訪れ、三人は日本と中国でそれぞれの道を歩む。時や場所を超えても変わらないものがある―。


 いやあ、すごい小説だった。胸やけするぐらいカロリーの高い小説だ。寝る前にちょっとずつ読んでたんだけど、後半は不眠症になるぐらい刺激的な小説だった。



【ネタバレあり】

 主人公は戦時中の満州で出会った三人の少女。開拓民の子として親しく遊ぶ仲だったが、やがてばらばらに。横浜に戻った茉莉は空襲で親や親戚を失い、美子は在日朝鮮人として差別や貧困と闘いながら生きてゆく。満州で終戦を迎えた珠子は日本を目指すが……。

 三人ともとんでもなく苦労をするのだが、中でも珠子のおかれた境遇はつらい。戦争が終わったとたん、それまで奴隷のように扱っていた中国人たちに襲われる。

 中国人は引き揚げていた。家々は焼かれ、めぼしいものは奪われていた。城壁内のあちこちに、日本人の死体があった。 
 珠子は初めて、殺された人の死体を見た。裸にされて、槍で突かれたのか血まみれになって、野菜畑で死んでいた。珠子たちを家に住まわせてくれていた呉服屋の主人だった。 
 呆然として珠子はその死体を見下ろしていた。こどもはそんなもんを見たらいかんと言う余裕のある人間はだれもいなかった。ひとりぼっちで立っている珠子を気にかける人間もいなかった。 
 珠子は昨夜から今までのことを思いだしていた。 
 なんでわたしらあは襲われたが? 
 なんでソ連軍やのうて、満人が襲うてくるが? 
 珠子は茉莉に見せてもらった絵本の絵を思いだした。遊んでいた日本人と朝鮮人と中国人。 
 なかよしやなかったが? 
 わたしらあ。 
 広い満洲では開拓団村の城壁の中で暮らし、昨夜は襲われて城壁の中から逃げだした。 
 なぜ城壁があったのか。なぜ外へ出てはいけなかったのか。 
 あれは、けものから身を守るためのものではなかった。 
 なぜ大人たちが鉄砲を持っていたのか。鉄条網を張りめぐらせ、見張りを立てていたのか。 
 珠子は気づいた。 
 ここは日本ではなかった。珠子たちは満洲の人たちから逃げていた。この土地にもともと住んでいた満洲の人たちから。
 翌日からは、絶え間ない略奪が始まった。ついてきた中国人たちは、日本人の列に入りこんでは、ポケットというポケットを漁り、金目のものがないか探す。一緒に歩きながら、まるで他の者に取られる前に取らなくてはと焦っているかのように、上着のみならず、男のズボン、女のもんぺ、こどもの服など、手当たり次第に剝ぎとっていく。 
 略奪に加わるのは男だけではなかった。女のみならず、珠子と同じ年頃の女の子や男の子まで、寄ってきては「拿出(出せ)」「脱下(脱げ)」と言って、抵抗できない日本人の大人たちの持ち物や着物を奪う。校長先生まで女の子にズボンを脱がされていた。中国人の警察隊も見て見ぬ振りだった。 
 日本人の女は髷の中や赤ん坊のおむつの中に宝石を隠しているという噂が中国人の間で流れているらしく、女は髷を切られて髪の中まで探された。おぶった赤ん坊は奪われ、おむつまで外されて丸裸にされた。女の服を脱がせて局所まで探す者もいた。


 歴史の教科書やドラマでは、終戦は「戦争が終わった! これからは戦争のない世の中が始まる!」といった明るい転機として描かれる。だがそれは日本本土の話であって(もちろんそっちも大変だったのだが)、満州に残された日本人にとっては終戦は過酷な戦いのはじまりだったのだ。想像したことなかったなあ。

 財産をすべて奪われ、命も奪われ、命を守るために我が子を殺し、年老いた親を見殺しにし、それでも日本を目指してあてのない旅を続ける人々。


 ある年代の人々の中には中国人を蛇蝎のごとく嫌っている人がいたが、こういう経験をしたんなら一生憎むのもわからんでもないかなあ。もちろん、それ以前に日本人が中国人に手ひどい仕打ちをしてきたからこそ仕返しをされたのだけど。

 とはいえ軍人や官憲がおこなった悪行のしかえしを開拓民が被ったわけで、開拓民からすれば「一方的にやられた」と感じるだろうなあ。

「我々はただ開拓民として農業をして平和に暮らしていたし中国人とも仲良くやっていたのに、戦争に負けたとたん中国人たちがいきなり襲ってきた」という印象なのだろう。中国人にとっては、「先祖代々の土地を奪った憎い相手だが日本軍がいばっているのでおとなしく言うことを聞いていた。その軍隊が撤退したので、奪われたものを取り返した」って感覚なんだろうけどなあ。

 こうして憎しみは受け継がれてゆくんだなあ。




 さらに敵は中国人だけではない。

 夜が更けるにつれて、霜が降りてきた。女こどもを内側にし、みなで打ち重なるように円形に身を寄せ合って眠った。珠子は光子とともに母の胸にしがみついていた。夜更けにはソ連兵がやってきて銃先で上の人間をどかし、女性をみつけだすと銃を突きつけて連れていった。幸い、珠子のところにはやってこなかった。 
 遠くから途切れ途切れに聞こえてくる、夫や両親に助けを求めて泣き叫ぶ女の声を聞きながら、珠子は眠った。

 中国人に襲われ、ソ連兵にも襲われ、さらには日本人同士でも奪いあいがくりひろげられる。

『世界の果てのこどもたち』には、空襲で親を失った子どもから食べ物を奪って我が子に与える大人や、死者の所持品を奪う人々、敵に見つからないように子どもを殺させる大人(そしてそれに従って我が子を殺す親)、弱い者をだまして少しでも多くの食料を手に入れようとする人間などが描かれる。

 彼らは、決して生まれながらの極悪非道な人間ではないのだろう、きっと。彼らは彼らで生きるか死ぬかの状況にあり、生きるため、あるいは家族を生かすために他者を騙し、攻撃し、奪うのだ。

「苦しいときこそ助け合う」なんて真っ赤な嘘だ。他人に優しくできるのは、自らに余裕があるからだ。苦しいときこそ奪いあうのだ。




 珠子は中国人の襲撃から逃げ、ソ連兵から逃れ、その途中で妹や親しい人たちを失う。やっとのことでたどりついた収容所でも劣悪な環境によりばたばたと人が死に、さらに珠子は人さらいに捕まって売られてしまう。たまたま親切な中国人夫婦に買われて、中国人として育てられるのだが、今度は日本人であることが理由で辛酸をなめる。

 中国では大躍進政策、そして文化大革命の嵐が吹き荒れていたのだ。

 その後、部長と課長クラスの人間が一斉に批判の対象となった。批判集会の後は拘束され、工場長も部長も課長も、管理職にあった人間はすべていなくなった。 
 工場の生産は滞った。主任たちも、いつ自分たちが批判されるかわからず、怯えて、共産党員の工員たちの言うなりだった。自分が告発されたくないがために、家族であろうが同僚であろうが、なにもしていない人を先に告発することも、めずらしいことではなくなった。 
 ありとあらゆることが告発の種になった。おぼえていることもいないことも。かつてしたことをおぼえている人たちによって告発された。革命は総決算だった。したことがよいことかわるいことかではなかった。それをどう思っていた人がいたかだった。親が裕福だったこと、大学に行ったこと、有能で仕事ができたこと、そんなことが批判された。あることもないことも。もはや、それが真実かどうかさえ関係がなかった。それを人がどう思ったか。どう思って見ていたか。その思いが溢れだした。これまで口にできないでいた、その思いが。 
 だれもがだれもを疑い、これまでの人間同士の信頼や親しさというものが、すべて消えた。そもそもそんなものはありえない夢だったかのように。

 やっと手に入れた平穏の末、ついに日本に帰還を果たす珠子。だが幼少期から中国人として暮らしていたために、その頃には日本語どころか日本人として暮らしていた日々の記憶もほとんど失われていた……。

 なんとも壮絶な人生だ。もちろん珠子だけでなく、孤児となった茉莉や、在日朝鮮人として生きる美子もまたそれぞれ想像を超えるほど苦しい日々を送ることになる。

「戦争の悲劇」について語るとき、どうしても死者のつらさに重点が置かれるけど、ひょっとしたら生きのびた人のほうがずっと苦しい思いをしているかもしれない。「それでも生きていただけマシ」とはかんたんに言えないなあ。


 なんとも強烈な小説だが、あの時代を経験した人々からするとさほどめずらしくもない話なんだろう。一家全員無事でした、なんてケースのほうがめずらしいぐらいかもしれない。




 ぼくの祖父母は大正後半~昭和ヒトケタの生まれだった(昨年祖母が九十九歳で死に、全員鬼籍に入った)。戦争の記憶がある最後の世代だ。この世代は生きていても百歳ぐらいなので、もうほとんど残っていない。

 ぼくはとうとう祖父母から戦争体験談を聞かずじまいだった。祖父に関してはふたりとも出征していたそうだが。

 なぜ言わなかったのだろう、と彼らの心境を想像する。単純に「聞かれなかったから言わなかっただけ」の可能性もあるが、やはり言いたくなかったんじゃないだろうか。


 きっと、ぼくの祖父母も、生きるために他者から何かを奪ったんじゃないだろうか。金銭だったり、物資だったり、ひょっとすると生命を。きれいごとだけでは生きられなかった時代だ。もちろん奪われることもあっただろうが、奪うことも多かっただろう。

 きっと平和な時代にのほほんと生きる孫には言えなかったのだろう。どうせ「そうしないと生きていけない時代だったんだよ」と言っても、平和な時代しか知らない孫には伝わらない。だから戦争の思い出をまるごと封印したんじゃないだろうか。

 すべてはぼくの勝手な想像にすぎないけど。




 ものすごくパワフルな小説だった。三冊の重厚な小説を読んだぐらいの圧倒的なウェイト。

 まだ年のはじめだけど、たぶん今年トップクラスの本になるだろうな。


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