2021年2月8日月曜日

【読書感想文】おもしろくてすごい本 / 前野 ウルド 浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

このエントリーをはてなブックマークに追加

バッタを倒しにアフリカへ

前野 ウルド 浩太郎

内容(e-honより)
バッタ被害を食い止めるため、バッタ博士は単身、モーリタニアへと旅立った。それが、修羅への道とも知らずに…。『孤独なバッタが群れるとき』の著者が贈る、科学冒険就職ノンフィクション!


 いやあ、おもしろかった。
 こんなの、おもしろいに決まってる。こういう「何かひとつの分野に特化した研究者が一般向けに自分の研究分野を紹介した本」はおもしろいと相場が決まっている。
 川上和人『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』も、塚本康浩『ダチョウ力』も、松原始『カラスの教科書』も、郡司 芽久『キリン解剖記』も、伊沢正名『くう・ねる・のぐそ』もめっぽうおもしろかった(伊沢さんは研究者じゃないけど)。

 おまけにこの本は評判も良かった。タイトルもおもしろそう。こんなのぜったいいおもしろいやん! ……とおもいながらなかなか手が出なかった。自分でもふしぎだけど「評判がすごくよくておもしろいに決まってる本」ってかえって読む気がしないんだよね。我ながら損な性分だとおもうけど。「自分だけが知っているおもしろい本」に出会いたいんだよね。

 しかしKindleのセールで安くなっていたので
「負けたよ……。読めばいいんだろ……。どうせおもしろいんだろ、わかってんだよ……」
と言いながら購入。

 うん、これはおもしろいわ。文句のつけようがない。




 単なるバッタ研究記じゃないんだよね。
 この本を通して、
「サバクトビバッタの大発生に遭遇したい(そしてバッタに食べられたい)」
「多大な害をもたらすサバクトビバッタの生態を研究してアフリカを救いたい」
という研究者・昆虫好きとしての夢と同時に
「ポスドクという不安定な立場から、安定した正規雇用の研究者になりたい」
という個人的かつささやか(けれど険しい)夢が語られる。

 はたして、サバクトビバッタに出会えるのか、そしてアフリカを救えるのか、それともその前に食っていけなくなって夢を断念することになるのか……。

 この「達成困難な目標」が序盤で掲げられるので、研究生活がすごくスリリング。はたして著者は正規雇用研究者になれるのか、はたしてバッタの大群に出会えるのか、はたしてバッタに食べられるのか……(食べられてたらこの本は出てない)。

 自伝小説としてもものすごくおもしろい。応援したくなる。本の中に「研究資金をクラウドファンディングで集めた」と書いてあるが、この本を読んだ人ならきっと支援したくなるだろう。ぼくもしたくなった(残念ながら今は集めてないそうだ)。

 ババ所長は、私の行く末をずっと気にかけてくださっていた。
「なぜ日本はコータローを支援しないんだ? こんなにヤル気があり、しかも論文もたくさんもっていて就職できないなんて。バッタの被害が出たとき、日本政府は数億円も援助してくれるのに、なぜ日本の若い研究者には支援しないのか? 何も数億円を支援しろと言っているわけじゃなくて、その十分の一だけでもコータローの研究費に回ったら、どれだけ進展するのか。コータローの価値をわかってないのか?」
 大げさに評価してくれているのはわかっていたが、自分の存在価値を見出してくれる人が一人でもいてくれることは、大きな救いになった。
「私がサバクトビバッタにこだわらなければ、もしかしたら今頃就職できていたかもしれません。日本には研究者が外国で長期にわたり研究できるようなポジションがほとんどなく、応募する機会すらありませんでした。もし自分が大学とかに就職すると、アフリカにはなかなか来られなくなってしまいます。今、バッタ研究に求められているのは、私のようなフィールドワーカーが現地に長期滞在し研究することで、その価値は決して低くないと信じています。我々の研究が成就したら、一体どれだけ多くの人々が救われることか。
 日本にいる同期の研究者たちは着実に論文を発表し、続々と就職を決めています。研究者ではない友人たちは結婚し、子供が生まれて人生をエンジョイしています。もちろんそういう人生も送ってはみたいですが、私はどうしてもバッタの研究を続けたい。おこがましいですが、こんなにも楽しんでバッタ研究をやれて、しかもこの若さで研究者としてのバックグラウンドを兼ね備えた者は二度と現れないかもしれない。私が人類にとってラストチャンスになるかもしれないのです。研究所に大きな予算を持ってこられず申し訳ないのですが、どうか今年も研究所に置かせてください」
 悲劇のヒーローを演じるつもりはないが、誰か一人くらいバッタ研究に人生を捧げる本気の研究者がいなければ、いつまで経ってもバッタ問題は解決できない気がしていた。幸い私は、バッタ研究を問答無用で楽しんでやれている。それに、自分自身が秘めている可能性の大きさを信じている。自分のふがいないところを全部ひっくるめても、自分が成し得ることの価値を考えたら、バッタ研究を続けることはもはや使命だ。

 ほんと、ぼくもババ所長とまったく同じ気持ちだよ。
 こんな優秀かつ熱意あふれる研究者がおもう存分研究に打ちこめない世の中なんてまちがってる!
 おい日本! ここに金を使わないでどうする!? 場当たり的な対策じゃなくて未来のために金を使えよ!


 以前読んだ、井堀利宏『あなたが払った税金の使われ方 政府はなぜ無駄遣いをするのか』という本に「所得税について確定申告する際に、使われ方をある程度選択できるようにする」という提言があった。ぼくも賛成だ。
 ふるさと納税なんて無益な制度をとっとと廃止して、代わりにこの「税金の使い道を指定する制度」を導入してほしい。そしたらしょうもない経済政策や軍事じゃなくて教育や研究に使われるお金が増えるだろうに。

 なぜトゲ植物の中にバッタが潜んでいるのだろう。親身になってバッタの気持ちを考える。バッタを捕まえようとするとトゲが邪魔になるので、武器をもたぬバッタが天敵から身を護るための戦略だと考えられる。
 過去1世紀にわたるバッタに関する論文を読み漁ってきたが、バッタがトゲ好きだなんて聞いたことがない。一時間足らずの観察でさっそく論文のネタが見つかるなんて、さすがは現場。
 野営地に戻り、論文発表をするために何をしたらいいのか研究のデザインをする。観察から「バッタはトゲ植物を隠れ家に選ぶ」と「同じトゲ植物でも大きい株を好む」という仮説が考えられた。これらの仮説を検証するためにどんなデータが必要か。①どの種類の植物にバッタがいたか、②バッタがいた植物といない植物の大きさ、の二つのデータが必要だ。
 予想される結果を元にグラフを書き上げ、一報の論文として発表できそうなストーリーを考える。それを実現するために、実際にどうやってデータを採るべきか、実験スケジュールを組み立てる。この仮説が合っていようがなかろうが、得られたデータは発表する価値がある。やったことが確実に成果になる地味目の研究計画だ。俄然頭が冴えてきた。しかも、ひんやりしてきたので、寒さに強い秋田県民の本領を発揮しながら研究できる。これはもうやるしかないでしょう。旅の疲れなどひっこんでな! まずは腹ごしらえだ。

 これだけの文章で「研究者の思考ってすごい」とおもわされる。
 研究者ってみんなこうなのかな。ぼくは学問の登山口あたりで逃げだした人間だからわからないけど。

 観察→仮説立案→仮説検証のために必要なデータを設計→結果の予測→より詳細な実験の設計

 こんなふうに筋道立てて設計図を引いていく作業って、相当慣れていないとできないとおもう。これが科学者の思考かー。

「おもしろい本」は多いし「すごいことをやっている本」も多いけど、「おもしろくてすごいことをやっている本」はそう多くない。これは類まれなるおもしろくてすごい本。

 ほんとにこの人がアフリカを救うかもしれない。


【関連記事】

【読書感想文】役に立たないからおもしろい / 郡司 芽久『キリン解剖記』

【読書感想文】カラスはジェネラリスト / 松原 始『カラスの教科書』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿