河合 雅雄
著名なサル学者によるエッセイ。
はっきりいってつまらない。
猿の生態にかこつけて、昔はよかった、最近の若者は外で遊ばないから大事なことを知らない、今の教育は詰め込みばかりでなっとらん、という戯言をくりかえしているだけ。もちろんその主張に根拠はない。数字も示さずに「最近凶悪な犯罪が増えているのは〇〇が原因だ」と言っている(凶悪犯罪は戦後一貫して減りつづけている)。
まだ老人の戯言を垂れ流しているだけならまだしも、他の動物の生態の都合のいいところだけを取り出して、裏付けっぽく見せているのが気に入らない。
「他の動物は〇〇をしている。人間も見ならわなくてはいけない」
「他の動物は〇〇だ。人間は高等な生物なのだから同じことをしてはいけない」
と、正反対の論理を使って「昔はよかった」を主張しつづける。
たとえば、こんな感じ。
出たよ、動物の生態を利用した都合のいい解釈。
たしかに、群れにおいて年寄りの知恵が役立つことはある。
だが、その前提として「群れにおいて年寄りの占める割合がすごく小さい」「時代を超えて伝達できる文字を持たない群れである」ことが条件としてある。
「マントヒヒを見ならって年寄りの経験を活かそう!」と主張するのなら、まずはマントヒヒと同じように年寄りの数を減らして、マントヒヒのように文字をなくすことを主張するべきだろう。
都合のいいところだけ取りだして説教の材料にするんじゃねえよ。
動物は道徳の教科書になるために生きてるんじゃねえぞ。
元本の刊行は昭和61年(1986年)。
この時代はまだこんな野蛮な意見が活字になっていたんだーという目で見るとおもしろい。
ひゃあ。
じゃあおまえが金出して女性を雇って春の一日をほっついてくれるよう依頼しろよ。
前半はサルの生態をまじめに論じていたのに、ネタがなくなってきたのか、後半はサルとほとんど関係のない老人の戯言エッセイになっている。
前半はおもしろかっただけに残念。
なるほど。
二次元だとにおいの強いほうに向かって進めばいつかは発信源にたどりつけるけど、三次元だとななめ上からにおいが漂ってきても「においの強いほうに一直線に進む」ってことができないもんね。
それよりも視力のほうが重要だと。
しかし人間の暮らしは基本的に平面だ。ビルやマンションに住んでも、移動は平面移動しかしない。おまけにバリアフリー化で都市からどんどん段差がなくなっている。
こうなると、それほど視力に頼らなくても生活できる。街中に住んでいたら遠くを見る能力は必要ない。
今後、人間の視力はどんどん退化していくかもね。すでにそうなりつつあるか。
その他の読書感想文は
こちら
0 件のコメント:
コメントを投稿