「先生、たいへん申しあげづらいんですけどね」
「なんだい」
「これじゃ売れませんよ」
「えっ……。今作はわりと自信があったんだけどな」
「いや、いい作品ですよ。いい作品なんです。でも売れないんです」
「というと」
「先生のお書きになるミステリはよくできているんですよ。たぶん読んだらおもしろかったと言ってくれるとおもいます。でもそれだけなんです」
「それだけでいいじゃないか」
「それだけじゃだめなんです。売れないんです。なんていったらいいのかな……」
「ケレン味?」
「つまり派手さとか奇抜さとか」
「そうです! それなんです! そのケレン味とやらがないと売れないんです。実力派作家の安定のクオリティ、これじゃミステリファンにしか買ってもらえません。広告費を投じて派手な宣伝を打つこともできないんです」
「なるほど。たしかに君の言うことももっともだ。ぼくも子どもじゃないからね。おもしろい作品と売れる作品がちがうことも理解している」
「でしょ」
「しかし、だったらどうしたらいいとおもう」
「ずばり叙述トリックです! ほら、あるでしょ。実は語り手が男だったことが最後に明らかになるやつとか、実は時系列が逆だったとか、実は前半と後半の語り手は別人だったとか」
「ああ、叙述トリックね……。あれあんまり好きじゃないんだよな……。もうやりつくされた感があるでしょ。今さら叙述トリックやるのってなんかダサくない?」
「それはミステリファンの感覚です。ふだん小説を読まない連中は叙述トリックが大好きなんです。というか叙述トリックしか求めていないんです」
「まあ売れるよね。本屋で平積みされてるのはそんなのばっかりだもんね」
「でしょ。『最後の一行であっと驚く!』とか」
「『必ずもう一度読み返したくなる!』とか」
「で、映画になるんですよ。『映像不可能と言われた原作がまさかの映画化!』っていって」
「『あなたは二度騙される!』とかのキャッチコピーつけられて」
「でしょ。よくあるでしょ」
「なんかげんなりしてきた。そういう映画がおもしろかったためしないんだよね……」
「でも、おもしろくないのにその手のキャッチコピーの作品がなくならないのは、客を呼べるからなんですよ」
「まあそういうことになるかな……」
「ですから先生の作品にも叙述トリックの要素を取り入れてください。そしたら帯に『衝撃のラスト! 必ず二度読みたくなる作品』ってキャッチコピーつけて売りだせるんで」
「安易だなあ……」
「安易なのがいいんですって」
「とはいえもう作品は完成しちゃったからな。今さら叙述トリックにはできないよ」
「なんでもいいんですよ。叙述トリック要素があれば」
「しかし……」
「こういうのはどうです。主人公がペットを飼ってることにするんです。で、ペットの名前が『ポチ』なんですけど、実はそれが猫だったことが最後の一行で明かされる」
「だからなんだよ」
「キャッチコピーは『ラスト一行のどんでん返し。ネタバレ禁止』でいきましょう」
「だめだって。犬かとおもったら猫だった、じゃどんでん返ってない」
「じゃあ犯人が双子だったってのはどうです」
「双子トリック? それこそ手垢にまみれたやつじゃん。だいた叙述トリックじゃないし」
「いいんですよ。騙されてくれればなんだって」
「もうストーリーは完成してるんだよ。どこで双子が入れ替わるの」
「いや、入れ替わりません」
「え?」
「犯人には双子の弟がいるんです。でも弟は遠くに暮らしているので今回の話には登場しない」
「意味ないじゃん」
「でも犯人が捕まるときに言うんです。『弟が知ったら悲しむだろうな……。あ、私双子の弟がいるんですけどね』って。で、刑事が『一卵性? 二卵性?』って訊いて、『一卵性です』『へー意外』っていうやりとりがくりひろげられる、と。これでいきましょう。キャッチコピーは『衝撃のラスト!』で」
「衝撃が軽すぎる。ガードレールにこすったときぐらいの衝撃じゃん」
「でもなんか意外な感じがしません? 知り合いが双子だと知ったときって。子どもの頃は同級生に双子がいても意外とはおもわないじゃないですか。両方知ってるから。でも大人になってから知り合った人が、付き合って何年かしてからなにかの拍子に『私は双子の妹がいるんですけど』って言ったらちょっとびっくりするでしょ」
「ちょっとびっくりするけど。『この人にそっくりな人がどこかにいるんだー』とおもったらなんかふしぎな気持ちになるけど。『あたりまえだけど一卵性双生児でも大人になったら別々の人生を歩むんだよなあ』とか考えてしまうけど」
「でしょ。『ラスト一行で明かされる意外な真実&奇妙な味わいの物語』これでいきましょう」
「それ小説の味わいじゃなくて単に双子ってなんとなくミステリアスだよねってだけじゃん」
「だめですかね」
「だめだめ。やっぱりそんな小手先の騙しはよくないよ。ちゃんとミステリの質で勝負しよう。このままいこう」
「じゃあこうしましょう。作品自体はこのままいきます。でも帯には『驚きのラスト! 必ずもう一度読み返したくなる!』というコピーをつけましょう」
「えっ、だって王道のミステリだよ。殺人事件が起こって刑事が推理をして犯人を捕まえる話だけど。そんなに意外性ないでしょ」
「だからこそですよ。『驚きのラスト! もう一度読み返したくなる! あなたも必ず騙される』って触れ込みだから、読者は身構えながら読みますよね。どんな意外な事実があるんだろうとおもいながら。ところが最後の一行まで読んでも何も起こらない。読者は驚く。えっ、何もないじゃん。そしておもう。自分が何か見落としていたのかも。で、もう一度読み返したくなる」
「ひでえ」
「そして気づくわけですよ。あっ、騙された! と」
「出版社にね」
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