2019年7月22日月曜日

ニッポンの踏切係

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ルートポート『会計が動かす世界の歴史』に、なぜ産業革命は18世紀のイギリスで起こったのか、という話が載っていた。
 こうして産業革命前夜の18世紀までに、イギリスでは高賃金と格安の燃料という状況が生まれたのです。
 産業革命がイギリスで始まった理由を考えると、やはり賃金の高さがもっとも重要なポイントです。
 たとえばジェニー紡績機は石炭を利用しません。燃料費の安さとは関係がないのです。しかし、それでもこの紡績機が発明されたのは、人件費を節約することで利益を出せたからです。
 人材を安価に利用することは、経済成長に繋がるとは限りません。むしろ労働を機械に置き換える(生産を効率化する)インセンティブを奪い、技術革新を鈍化させ、経済の発展を阻害する恐れさえあります。
 産業革命を起こしたイギリスの歴史には、現代の私たちにとっても学ぶところが多いでしょう。
なるほどなあ。

たとえば「今まで一ヶ月かかっていた作業がたった一分になります!」というツールがあったとする。
そのツールの利用料が百万円/月であれば、今までどおり手作業で一日かけてやったほうがいい。ほとんどの従業員は一ヶ月雇うのに百万円もかからないのだから。

しかし従業員に百万円以上の給料を出している国の会社は、そのツールを導入するだろう。
すると作業時間を短縮することができ、余った時間でより創造的な仕事をすることができる。彼らが生みだした質の高い製品やサービスは世界を席巻し、より人件費は上がる。そして人件費を抑制するために効率化を進めるツールが開発される。

人件費が高いのは、経営者からみると悪いことだ。でも短期的なマイナス点も、長期的にはプラスになりうる。


IT革命がアメリカを中心に花開いたのも必然だったのだ。
べつにアメリカ人が特別にイノベーティブだったわけではない(それも多少はあるだろうが)。
アメリカ人の給与が世界トップクラスに高かったからIT化が進んだのだ。
人件費よりもコンピュータを使うほうが安い。だからIT化する。技術が高まるので世界的な競争力がつく。さらに賃金が上がる。それがより生産性を高める原動力になる……というサイクルだ。

これの逆をやっていたのが日本だ。
世界がIT化を進めている間、日本では
「従業員増やして電卓たたかせたほうが安いよ」
「残業させればいいじゃん」
「派遣を使って人件費を抑えよう」
とやっていた。
タダで残業する従業員がいるなら、設備投資をして作業をスピードアップさせる必要などない。残業させるだけでいい。
これで新しい技術が根付くはずがない。




「合成の誤謬」という言葉がある。
ひとりひとりが正しい行動をとることで、全体で見るとかえって悪い結果を生んでしまうことを指す。
たとえば無駄遣いを抑えて貯蓄に回すのは家計にとってはいいことだが、みんながそれをやると国全体の景気が悪くなるように。

人件費カットもまた合成の誤謬をうみだす。
個々の経営者レベルで見ると、人件費を抑えて利益を出すほうがよい。
だがすべての経営者がそれをやると経済は成長しなくなる。また人件費カットをする会社は短期的には利益を出せても長期的に見れば必ず失速する。技術革新を進める動機が薄れるし、そもそも能力を持った社員がいなくなるのだから。

人件費カットという合成の誤謬を止めるにはマクロな政策が必要になる。個々の経営者に任せてもうまくいくわけがない。
長時間労働の厳罰化、最低賃金のアップ、賃金アップした企業に対する補助金などの対策を国を挙げてしなければならないのだが、どうもこの国にはそういうことをやる気は一切ないらしい。




こないだ北朝鮮に行った人から、北朝鮮には今でも「踏切係」という仕事があると聞いた。

線路の脇に立って、列車が来る前に「危ないから入っちゃいかん」という仕事だ。
なんてアナクロなんだ、と逆に感心した。

北朝鮮に電動の踏切を作る技術がないわけではない(ロケットを飛ばしたり核実験をしたりできる国だ)。
それでも「踏切係」が2019年に生き残っているのは、電動にするより人間にやらせたほうが安いからだろう。


今いろんな自動車メーカーが自動運転カーの研究をしているそうだが、世界で最初に実用化されるのは日本ではないだろう。
法律面の事情もあるが、それ以上に日本人の人件費は安いから。
「高い自動運転カーを買うぐらいなら運転手を雇ったほうが安い」という国では自動運転カーは売れない。


今のぼくらが「北朝鮮は人間が踏切係をやっているのか」とおもうように、
20XX年には「日本ではまだ人間が車を運転したりレジ打ちをやったりしているのか」と驚かれる時代になっているかもしれない。


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【読書感想文】会計を学ぶ前に読むべき本 / ルートポート『会計が動かす世界の歴史』


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