報復
ジリアン・ホフマン(著) 吉田利子(訳)
法学生だったクローイは、覆面男にレイプされ心身ともに深い傷を負った。
数年後、C・Jと名前を変えて検察官に彼女は、連続殺人事件の容疑者として逮捕された男が自分をレイプした男だと気づく。
C・Jは男を死刑にするために検察官として戦いを挑むが……。
残虐な連続殺人事件を扱っているが、わりと早い段階で容疑者が捕まるのでたぶん多くの読者は「捕まったやつは犯人じゃないのでは」と気づくだろう。「謎の密告電話」というわかりやすいヒントもあるし。
これ以上はネタバレになるが、犯人はたいして意外な人物じゃない。
この本の読みどころは犯人捜しではなく(そもそも犯人を捜すのは検察官の仕事ではない)、検察官でありレイプ被害者であるC・Jが、連続殺人犯であり自分をレイプした男(とおぼしき人物)とどう立ち向かうかという心理描写のほうだ。
C・Jが心に傷を負うきっかけとなるのが学生だったC・Jがレイプされるシーンだが、これがとにかく恐ろしい。
丹念に描写されるので、もう読んでいられない。そこまで細かく書かなくてもだいたい何されたかわかるからもういいよ、とおもうのだが作者は筆を止めない。ひたすらC・Jが苦しむ姿が書かれる。これがきつい。
ぼくも娘を持つようになり(といってもまだ幼児だが)、性犯罪に対しては被害者側の立場で考える割合が増えた。
もしも娘が……とおもうと、つらすぎてそれ以上思考が進まない。
中盤以降には殺人被害者の描写や終盤の格闘シーンなどのヤマ場もあるのだが、プロローグの不快感に比べたらかすんでしまう。
冒頭が強烈すぎてしりすぼみの印象。中盤以降もおもしろいんだけど。
ここからはネタバレになるけど、もやっとしたところ。
容疑者を起訴する際に、検察が不正をはたらく。
「捜査の手続きが不正であれば、その捜査によって得られた証拠はすべて無効となる」
というルールがあるのだが(そうじゃないと警察がやりたいほうだいになっちゃうからね)、検察官であるC・Jは、警察官が逮捕時に必要な手続きを踏まなかったことを知りながら強引に起訴に踏みきる。
裁判では、警察官と口裏を合わせて嘘をつく。
C・Jは葛藤しながらも「大きな悪事を裁くためには小さな不正には目をつぶらなければならない」と不正をはたらく決断をする……。
いやあ、ダメでしょ。ぜったいにあかんやつ。
証拠はほとんどなし、容疑者は否認、逮捕時には警察側の不適切な手続き。あるのは検察官の直感だけ。
これで起訴したらダメでしょ。しかも有罪になれば死刑になる罪状で。
「大きな悪事を裁くためには小さな不正には目をつぶらなければならない」じゃねえよバカ。
100人の真犯人を見逃してでも、1人の冤罪を生みださないことを優先させるのが法治国家なんだよ。
小説にいちいち目くじらを立てるのもどうかとおもうけど、そうはいっても「裁判に私怨を持ちこむ」「私怨を晴らすために手続きの不正に目をつぶる」って、こいつのやってることは検察官として最低だ。
それならそれでハチャメチャ検察官として描くんならいいんだけど(両津勘吉が何やっても許されるように)、法制度をおもいっきり無視しといて「あたしは多くの犠牲者を救った正義のヒロイン」みたいな顔をすんじゃねえよ。身勝手な正義に酔って己のダメさに気づいてすらいない腐れ外道だなこの女。
ここまでダメ検察官だと、いくら被害者だったからといえまったく共感できない。むしろ被告人のほうが気の毒になってくる。
この検察官のやってることは『かちかち山』レベルの仕返しだよ、ほんと。
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