2019年6月28日金曜日
虚言癖の子ども
娘の保育園の友だちに、Tちゃん(五歳)という子がいる。
あるとき、娘とTちゃんが鉄棒で遊んでいた。
娘はいちばん右端、Tちゃんは左端。
Tちゃんが手を滑らせて鉄棒から落ち、顔を地面に打って泣きだした。
それを見ていたぼくは、泣きわめくTちゃんを抱きかかえて、少し離れたところにいるTちゃんのおかあさんのところに連れていった。
おかあさんはTちゃんを家に連れてかえった。
翌日、Tちゃんのおかあさんに会ったので
「Tちゃん大丈夫でした?」
と尋ねた。
Tちゃんのおかあさんは「大丈夫でした。ありがとうございました」と言った後で、言いにくそうにこう口にした。
「Tが、Mちゃん(ぼくの娘)に突き落とされたって言ってるんですけど……」
ぼくはびっくりした。
事実無根だ。現場を見ていたのだからまちがいない。
「いやいやいや、落ちるとこを見てましたけど、そのときうちの娘とTちゃんはぜんぜん離れたところにいたので、押してなんかいませんよ!」
Tちゃんのおかあさんは「すみません」と頭を下げて、
「T! なんでそんな嘘つくの! Mちゃんに謝りなさい!」とTちゃんをきつく叱った。
ぼくはまだ驚いていた。
どうしてそんな嘘をつくのだ。
Tちゃんのおかあさんが言ってくれたから嘘だと判明したけど、そうでなければうちの娘が「友だちを鉄棒から突き落としてケガをさせたやつ」という汚名を着せられるところだった。
Tちゃんのおかあさんも言いにくかったとおもうが、言ってくれてよかった。おかげで誤解が解けた。
ぼくだったら黙って距離をとっていただろう。
また別の日。
Tちゃんのおかあさんと話していると、Tちゃんが通っていたプール教室をやめたと聞いた。
「なんでやめたんですか?」
と訊くと、
「Tちゃんが、プールのコーチにおぼれさせられたっていうんで。そんなところに通わせられないなとおもって」
とのこと。
えっ。
とっさにぼくがおもったのは「それまたTちゃんの嘘では……」ということ。
プール教室でコーチがわざと幼児をおぼれさせるなんてことするだろうか。
プール教室には他の子やコーチもたくさんいる。窓ガラス越しに保護者が見ることもできるそうだ。
もちろん真相はぼくにもわからないが、99%嘘だろう、とぼくはおもった。
せいぜい「Tちゃんがおぼれてしまったことに気付くのが遅れた」ぐらいだろう。それをTちゃんが「おぼれさせられた」といったんじゃないのか。
子どもなんて平気で嘘をつくし、自分が嘘をついたという自覚すらなくしてしまう。
だからTちゃんがそういう嘘(たぶん)をついたことはそれほど驚くに値しない。
それよりぼくが驚いたのは、Tちゃんのおかあさんが「プールのコーチにおぼれさせられた」というTちゃんの言葉を全面的に信じていることだった。
ぼくだったら「自分の子が嘘をついているんだろうな」とおもうし、仮に「万が一ということもあるから念のためプール教室を退会させよう」となったとしても「娘がコーチにおぼれさせられた」なんて不確かかつ他人に迷惑をかける情報(ソースは五歳児の発言のみ)を他人に言ってまわったりしない。
いや、それ信じちゃうの……?
こんなこと言ったらアレですけど、おたくのお子さん、ちょっと虚言癖があるんじゃないでしょうか……。
それなのに、信じちゃうの……?
いや、ちがうか。
「Tちゃんに虚言癖があるのにおかあさんが信じてしまう」のではなく、「おかあさんがなんでも信じてしまうからTちゃんが真っ赤な嘘をつくようになった」なんじゃないだろうか。
おかあさん、素直すぎるでしょ。悪い意味で。
とおもったけど、もちろんぼくは何も言わなかった。
こわいのでTちゃん母子とは距離を置いたほうがいいな、とおもっただけだ。
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