2018年10月16日火曜日

ぼくの家にはファミコンがなかった

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ぼくの家にはファミコンがなかった。
小学生のときだ。ファミコン(ファミリーコンピューター、スーパーファミコン、PCエンジンなどを含めた総称)を持っていないのは、クラスの男子二十人中ぼくを含めて二、三人だけだった。
話題についていけないことが多々あり、何度もつらい思いをした。

ぼくもファミコンが欲しかった。一度か二度、親に買ってほしいと頼んだことがある。だめだと言われた。眼が悪くなるから。うちにはお金がないから。
二度ぐらいしか頼まなかったのは「だめ」と言われることよりも「まだこの子はそんなことを言うのか」と残念そうな顔をされるのがつらかったからだ。

友だちの家でやらせてもらうファミコンはほんとに楽しかった。
家でもやりたくて、ノートにマリオのオリジナルコースを書いたり、サイコロでできるバトルRPGゲームを作ったりしていた。なんといじらしいことだろう。

六年生のとき、こづかいをためてこっそりゲームボーイを買った。
ゲームボーイは持ち運びできることが売りだが、ぼくは自宅以外でゲームボーイをやったことがない。ぼくがゲームボーイを買ったのは持ち運ぶためではなく、隠れてやるためだ。うちはリビングにしかテレビがなかったので、テレビゲームはやれなかったのだ。
友人にも隠していた。もう友だち同士でゲームの話をするような年齢ではなくなっていたし、何より「ゲームを持つのは悪いこと」という罪の意識があったからだ。
親の教育方針は、ぼくに「ゲーム=悪」という意識を持たせることに成功していた。

隠れてやるゲームボーイはほんとにおもしろかった。
はじめて買ったのはドンキーコング。それだけ新品で買い、あとは中古ゲーム屋でとにかく安いゲームを買った。誰も知らないようなゲーム。何度か痛い目に遭って「500円とか1,000円ぐらいの安いゲームはほんとにつまらない」ということを学んだ。
ダビスタのような競走馬育成ゲームをやりたいと思って買った『馬券王』というソフトは、なんとゲームではなくいくつかの情報を入力すると当たり馬券を予想するというただのツールだった。悔しくてソフトを叩きつけたくなった。なんとかしてこれで遊べないかといろいろやってみたがだめだった。

何度も何度もやったのは、ワリオ、ゼルダ、ポケモン、ゲームボーイウォーズ、ファミスタ、桃鉄、桃太郎伝説外伝など。
ポケモンには通算プレイ時間が表示される機能があって、「120時間」とかの数字を見るたびに「こんなにも無駄な時間を……」と憂鬱な気持ちになった。


小学生のときに買ってもらえなかった反動でゲームにどっぷりはまった……かというとそうでもない。
今でもゲームをときどきやる。ゲーマーというほどではないし、かといって完全に断絶しているわけではない。ほどほどの付き合いを保っている。

ゲームを買ってもらえなかったことは、自分にとってプラスになったんだろうか。マイナスだったんだろうか。
んー。プラス四割、マイナス六割ぐらいかな。
どっちがいいとも言いきれない。

自分の子がゲームを欲しがったらどうするか……。
仲間はずれになるのはかわいそうだけど、でもゲームばっかりやる子にはなってほしくない。

「買ってあげるけど父親であるぼくが独占する」というのがいちばんいい選択肢かもしれない。
買ってあげないときより恨まれるだろうけど。

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