2018年10月30日火曜日

正午きっかりにお弁当の女

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新幹線に乗っていた。

隣の席の女の人が袋からお弁当を取りだし、箸を割った。

なにげなく時計を見ると正午だった。
携帯電話を開く。
0:00
ジャスト12時。

この人、きっかり12時になるまで待っていたのだろうか。
12時になったらお弁当を食べる女。12時になるまで決してお弁当を食べない女。なんだか怖い。

お腹すいたな、でもまだ11時42分。あと18分。
そろそろかな。あと4分か。
あと10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1、さあ食べよう。

何事もきっちり時間通りにしないと気が済まない人なのだろうか。
しかしここは新幹線だぞ。ちょっとぐらい旅行気分に浸ってもええんじゃないか。
ぼくなんか出張なのに前の日から新幹線の中で食べるおやつを買ってたんだぞ。それぐらい新幹線は気持ちを弛緩させるというのに。

仕事がら規則正しい生活を余儀なくされてる人だろうか。
どんな職業だろう。軍人?

横目で隣の女性を観察する。
30代なかば、ややぽっちゃり。
とても自衛隊員にもフランス外人部隊の軍人にも見えない。

はっ。
もしや、元囚人では。
ぼくはまだ収監されたことはないが、刑務所の中ではすべての行動がきっちりスケジュールにそっておこなわれると聞く。飯の時間、風呂の時間、休憩の時間。すべて分刻みで定められていて、それ以外の行動(トイレとか)をするときは手を挙げて看守に許可をもらわなくてはならないのだとか。
そのときの習慣が抜けずに、シャバに出た今でも正午になるまで昼ごはんを食べられないのだろうか。

そういや『ショーシャンクの空に』でも、長い間刑務所に入っていたおじいさんが外の生活になじめずに苦労してた。あのおじいさん、結局自殺しちゃったんだよなあ。かわいそうに。この女の人は大丈夫だろうか。

しかしまさかこの人が。
ぼくはもう一度横目で隣の女の人の様子をうかがう。今度はさっきよりももっと慎重に。

人は見た目によらない。
どこにでもいるような女性。とても悪いことをするようには見えない。

何をやって刑務所に入ってたんだろう。列車強盗とかだったらいやだな。今も新幹線ジャックとか企ててたりして。「この新幹線の行き先を高知に変更しろ!」みたいな無茶なことを言いだしたらどうしよう。高知の人は急遽新幹線開通のニュースに沸きたつかもな。

いやいや、前科があるからって差別しちゃいかん。
彼女はもう罪を償って出所したからこうして新幹線に乗っているのだ。
前科があるからってまたやると決めつけるのはよくない。こういう偏見の目が元受刑者の更生の道を閉ざすのだ。

がんばってください、応援してますよ。
過去は過去。犯した罪は決して消えるものではないけれど、これからのあなたはあなた自身がつくってゆくのです。
激励の目を彼女に向ける。彼女はもうカツ御膳弁当を食べ終わっている。

刑務所にいた人は食べるのが早いというのは本当だったのだ。あと出所後は脂っこいものが食べたくなるというのも。

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