〇「ごめんよ」
△「どないしたんや。あわてて飛び込んできて」
〇「えらいもんとってもうた。金メダルや」
△「はぁ? 金メダルって、あの、オリンピックのかいな」
〇「そうそう、オリンピックの金メダル」
△「誰が」
〇「おれが」
△「おまえがオリンピックの金メダルを? 何をあほなこと言うとんねや」
〇「ほんまやねんて、ほら」
△「うわっ。これは、たしかに本物!……っぽいな。本物見たことないから知らんけど」
〇「でも重みがちゃうやろ」
△「うん、重い。少なくともおもちゃではなさそうやな」
〇「ほら、このケースに五輪のマークも書いてあるやろ」
△「おお、ほんまや。たしかに本物っぽいな。けど驚いたな、おまえとは長い付き合いやけど、まさかおまえが金メダルとれる実力の持ち主やとは思わんかった。何の競技でとったんや」
〇「それが……わからんねん」
△「はぁ? おまえがとったんやろが」
〇「そう、おれがとった」
△「ほな、わからんことがあるかい」
〇「それがほんまにわからんねん」
△「どういうことやねん」
〇「さっきのことや、新大阪の駅で急におなかが痛くなって、トイレをさがしてたんや」
△「何の話やねん」
〇「まあ聞けって。トイレをさがして走ってたら、横から出てきた男とぼーんとぶつかってふたりとも尻もちをついた。すまんと謝って、ぶつかったはずみに落とした鞄を拾った。ちょうどそのときトイレの案内を見つけたから、そっちに向かって走りだした。さっきぶつかった男が後ろから『ちょっと待て』と呼びとめる声が聞こえてくる。因縁でもつけようと思ってんのやろな。ふだんなら売られた喧嘩は買うところやが、トイレに行きたくて必死や。後ろも振りかえらずに全速力で走って、トイレに駆けこんだ。やれ一安心。ちょっとしか漏らさへんかった」
△「ちょっとは漏らしたんかいな。汚いやっちゃな」
〇「で、ふと見ると持っている鞄がおれのと違う。色も形もよく似てるけど、ちょっと違う。さっきぶつかったときに、とりちがえて相手の鞄を持ってきてしもうたんや」
△「だから呼びとめられたんやな」
〇「トイレを出て探したけど、さっきの男がおらん。あわててたからどんな顔やったかも覚えてへん。手掛かりでもないかいなあと鞄の中を開けてみたところ、入ってたのが金メダルや」
△「ええっ。それがこの金メダルかいな」
〇「そうや」
△「おまえさっき、おまえがとった金メダルやと言うとったがな」
〇「そう。おれがとった。正確には、おれがとった鞄の中に入ってた金メダルやな」
△「そういうことかい」
〇「まさか自分が金メダリストになるとは思わんかったわ」
△「いやいや、それは金メダリストとは言わへんやろ。金メダルぬすっとやで」
〇「とにかくメダルなくしたほうも困ってるやろから、返してやろうと思うねんけどな」
△「そらそうや。そう簡単にとれるもんやないんやから」
〇「しかしどこのどいつかわからんねん。金メダルに油性ペンで名前でも書いといてくれたらええのにな」
△「そんなもん書くかい。しかし金メダルとった人なんてそうたくさんおらへんやろ。限られてるで」
〇「金メダルとった人というたら……。マラソン選手のあの人とか」
△「いやいやそれはない」
〇「なんでや」
△「だっておまえに追いつかれへんかってんやろ。マラソン選手がおまえに追いつけないなんてことあるかい」
〇「いやでもおれもトイレ探してたから相当急いでたで」
△「そやかてマラソン選手やったら追いついてるわ。マラソンは違う」
〇「ほんなら柔道とかレスリングとかかな」
△「それもちゃうやろ」
〇「なんでやねん」
△「だっておまえにぶつかって尻もちついたんやろ。柔道選手やレスリング選手が、おまえみたいなひょろひょろの男にぶつかられて尻もちつくかい」
〇「ほんなら卓球は」
△「卓球選手は反射神経がすごいからおまえにぶつからへん」
〇「じゃあ体操」
△「体操選手やったら宙返りでかわしてる」
〇「ラグビー」
△「タックルでおまえをふっとばしてる」
〇「射撃」
△「おまえは背中から撃たれてる」
〇「そんなわけあるかい」
と、わあわあいうておりますと、突然家のドアが開いてひとりの男が入ってきた。
〇「わっ、なんやなんや」
選手「すみません、ぼくの鞄がここにあると聞いたんで」
△「えっ。ということはあんたが金メダリスト……?」
選「はい、そうです」
△「あんたかいな。ちょうどこっちから探しにいこうと思てたんや。しかしようここにあるってわかったな」
選「はい、金メダルをぶらさげて歩いている人を見たって人がたくさんいたもんで」
〇「ああ、さっきおれが見せびらかしながら歩いとったからな」
△「自分が獲ったわけでもないのに見せびらかすなや、そんなもん。しかしあんた、なんの選手なんですか」
選「水泳です」
△「あーそういえば見たことあるわ。服着とるからわからんかったわ。
しかしさすがは水泳の選手やな。すごい勢いで飛びこんできたわ。いっつも飛びこんでるだけのことはある」
選「いえ、ぼくは背泳ぎの選手なんで飛びこみはしないんです」
〇「はあ、背泳ぎは飛びこみせんのですか。知らんかったな。
……なるほど、背泳ぎの選手か。それでおれとぶつかったんやな」
△「どういうことや」
〇「背泳ぎの選手って、いっつも上ばっかり見てるやろ。その習慣で上見て歩いとったからぶつかって尻もちついたんちゃうか」
△「そんなわけあるかい」
選「えー、ではそろそろメダルを返してもらってもよいでしょうか」
〇「えっ、返すんですか」
△「そらそやで。この人が獲ったメダルやないか」
〇「一晩だけでもうちに置いといたらあきませんやろか。この子も名残惜しいというてますし」
△「犬の仔みたいに言いな。ほら、返さんかい」
〇「わかりました。はいどうぞ」
△「しかしあんた、金メダル見つかってよかったな。せっかく優勝したのに、メダルをなくしたらどうにもならんからな」
選「いえ、どうにもならないことはありません。銅より上の、金ですから」
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