2018年5月9日水曜日

【読書感想】小松 左京『日本沈没』

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『日本沈没』

小松 左京

内容(Amazonより)
 日本各地で地震が続くなか、小笠原諸島近海にあった無人島が一晩で海中に沈んだ。
調査のため潜水艇に乗り込んだ地球物理学者の田所博士は、深海の異変を目の当たりにして、恐るべき予測を唱えた。
――早ければ二年以内に、日本列島の大部分は海面下に沈む!
 田所博士を中心に気鋭の学者たちが地質的大変動の調査に取り組むと同時に、政府も日本民族の生き残りをかけて、国民の海外移住と資産の移転計画を進めようとする。
しかし第二次関東大震災をはじめ、様ざまな災害が発生。想定外のスピードで事態は悪化していく。はたして日本民族は生き残ることができるのか。

日本SFを代表する超大作。
筒井康隆氏によるパロディ作品『日本以外全部沈没』のほうは読んだことがあるけど、こっちは読んだことなかった。

刊行は1973年だけど、その後に起こったいろんな地震・噴火とも重なるような部分もあり、街が、そして国がめちゃくちゃに破壊されていく様は読んでいて息苦しくなるほどだった。

 そして──これは、まったく前々から予測されていたように、江東区を筆頭に、台東区、中央区、品川区、大田区の海岸よりの人家密集地帯、文京、新宿、渋谷等の住宅地帯、江戸川、墨田区の中小工場地帯の一部に、まったく瞬時にして火の手があがった。大正十二年の関東大震災は昼食事、そして今回は夕食の支度にかかりはじめた時の、各家庭の火の気が原因だった。江東区では、いくつかの橋がおち、また地盤沈下のはげしい海抜マイナス地帯のため、堤防が各所でやぶれ、地盤変動でふくれ上がった水が道路にあふれ、それにつれて材木が流れこみ、たちまち人々の退路をふさいだ。火の手はここだけで数十個所で上がり、水の一部に油がのって流れ、それに火がついた。いたる所に使われたプラスチック、そしてこの地帯に密集している零細な化学樹脂加工工場が火事のため加熱されて吐き出す各種の毒ガス──塩素、青酸ガス、フォスゲン、一酸化炭素等が、火の中を逃げようとする人々をばたばたとたおした。のちの調査によれば、これらの地区だけで、約四十万人の人々が、ほとんど瞬時に死んだのだった。

こういう描写がひたすら続くと、小説だとわかっていても気が重くなった。東日本大震災の直後に感じた「なにかしないと。でも何もできない」という無力感をひさしぶりに思いだした。



『シン・ゴジラ』をもっともっとスケールアップした感じ、といったらいいだろうか。

荒唐無稽なほら話なんだけど、そう思わせない圧倒的な知識が詰め込まれている。プレートテクトニクスや潜水艦構造や政治や軍事やあれやこれやがものすごく細かく、そして深く書かれている。さすが「知の巨人」と呼ばれていた小松左京氏と感心するばかり。司馬遼太郎のように「特に書かなくてもいいけどせっかく調べたから書いたれ!」という感じではなく、ストーリー展開に説得力を持たせるために必要なことだけが書かれている。

巻末の解説で小松実盛氏(小松左京氏の息子)が「小松左京は『日本沈没』を書くために当時高価だった電卓を買い、それを駆使して書いた」と説明している。
小説の中には計算式はおろか数値すらほとんど出てこないが、作者の頭の中には根拠となる数字があったのだろう。表に出てこない圧倒的な量の資料がこの重厚な物語を支えている。「日本が沈没することになったら」という発想自体はさほど斬新ではないかもしれないが、その設定でこれだけ厚みを持った小説を書ける人は他にいないだろうね。

ぼくは中学生のころ、小松左京氏の『雑学おもしろ百科』というシリーズの本を集めていた。
今でこそこの手の本はたくさんあるが、そしてその九割が他の雑学の種本からの寄せ集めだが、小松左京版『雑学おもしろ百科』はいろんな学術書から拾ってきた内容が多く、独自性が高くておもしろかった(ただし内容には誤りも多かった)。

中学生のときに小松左京氏の小説を何冊か読んでいずれもあまりおもしろいと思えなかったけど、ぼくがそれらを読むのに適した知識を持っていなかったからかもしれないな。ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』のおもしろさを理解するにはある程度の教養が必要であるように。


『日本沈没』はただ「日本が沈没する」だけの話ではない。政府はどういう決断を下すか、経営者団体はどう動くか、アメリカやソ連をはじめとする各国の勢力図はどう変わるか、そして生まれ育った国土を離れた"日本人"のアイデンティティはどうなるのか……。細部にわたり執拗すぎるほどの思考実験がおこなわれている。
リアリティはあるが、しかしこの小説で描かれている日本人はやはり「1970年代の日本人」だな、と感じる。2018年の日本に住むぼくから見たら「みんな利他的で社会を大事にしすぎじゃない?」と思えてしまう。たぶん今ならもっとみんな我先にと逃げだすと思う。



『日本沈没』は日本列島が沈むところで終わっており、「第一部・完」と記されている。国土を離れた日本人たちの苦しみを描く第二部の構想もあったらしいが、結局書かれぬまま小松左京氏は2011年に逝去してしまった。
ぜひ読みたかったな。

「それにしたって、一億一千万人を、どうやって移住させるんだ?──世界の、どことどこが、こんな大人数をうけいれてくれるんだ?」首相は憮然としたように宙を見つめた。「君があの国の指導者、責任者になったとしてみたまえ。いったいどうやるんだ? ──船舶だけでどれだけいると思う?」
「半分以上……助からんかもしれませんね。むごい決意をしなきゃならんでしょう──」高官は酒をすすりながら、自分の胸にいいきかせるようにいった。「移住できた連中も、これから先、世界の厄介ものにされて──いろんな目にあうでしょう……迫害されたり……遺棄されたり……仲間同士殺しあったり……自分たちの国土というものが、この地上からなくなるんですからね。──私たちユダヤ人が、何千年来、全世界で味わいつくしてきた辛酸を、彼らはこれからなめつくすでしょう。あの東洋の、小さな、閉鎖的な島で、ぬくぬくとした歴史をたのしんできた民族が……」

小松氏の死後、谷甲州との共著という形で『日本沈没 第二部』が出版されたらしいが……。これにはあまり興味が持てないので今のところ読む気はない。


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