『労働者階級の反乱
地べたから見た英国EU離脱』
ブレイディ みかこ
ブレグジットとは、イギリスがEUから離脱すること。2016年6月におこなわれた国民投票で離脱派が残留派を上回ったのは世界中を驚かせ、同年のアメリカ大統領選で排他的な政策を掲げるトランプ氏が勝利したこととあわせて、世界中が右傾化・排他的になっていると語られた……。
が、イギリスのブレグジットはアメリカ大統領選とはまったく違う現象だったとこの本の著者は主張する。
著者のブレイディみかこ氏はロンドンに住んで保育士として勤務する。「移民」ではあるが、戦争から逃れてやってきたわけではないし、アイルランド人の夫もいるし、資格を持って専門職についているので、ヨーロッパ中で大きな問題になっている中東系の移民とは立場が異なる部分も多い(同じところも多いだろうが)。
まず前提として、著者はイギリスの政治や労働問題の専門家でもないし、研究者でもない。この本に書かれている「市井の人々の意見」も、個人的体験だったり、身近な友人へのインタビューだったりするので、データの偏りは信憑性に欠ける部分は免れないだろう。
それでも日本にいる研究者が新聞やテレビを見ているだけでは手に入らない「地べたの意見」には大きな価値がある。この人の解釈が正しいかどうかはわからないが、少なくともこう解釈をする人も現場にはいる、ということは間違いない。
ブレイディ氏の見解によると、多く語られていた「教育程度の低い労働者階級が移民を拒むためにブレグジットに賛同した」という解釈は誤りそうだ。
労働者階級の多くがブレグジットに賛成したのは事実だが、彼らのほうが中間層よりも移民と接する機会も多く、寛容であるという。ブレグジットに票を投じたのは、ブレグジットそのものに賛成というよりも金持ち優遇政策をとる政権にノーをつきつけるための手段であったというのだ。
たしかに、選挙の結果というのは必ずしも素直に主張が反映されるわけではないだろう。
2015年に大阪都構想の賛否を問う住民投票がおこなわれた。大阪市に住民票を持つぼくも投票に行き、反対に票を投じた。だがそれは都構想そのものに反対だからというより、都構想を主導している大阪維新の会のそれまでの政策に賛成できなかったからだ。
「都構想自体はどうでもいいが気に食わないあいつらに一泡ふかせたい」という理由で反対票を投じた人はぼくだけではなかっただろうし、「都構想はよくわかんないけど維新/橋下市長を支持する」という人も多かっただろう。選挙なんてそんなものだ。
だから「イギリス国民はEUからの離脱に票を入れたから排他的だ」とするのは、あまりに単略的すぎる解釈だ。
今イギリスで移民や外国人よりも不遇の扱いを受けているのは白人労働者階級だという指摘に驚かされた。
移民や外国人は差別されがちなので固まって暮らし、集団として行動を起こすことができる。ところが白人でイギリス人で男性となるとマジョリティ・強者として認識されてきた歴史があるがゆえに保護の対象からはずれやすく、また当人たちも団結して行動を起こさない。結果として、政治や福祉の面でも周縁に置かれてしまうという。
外国人や女性が貧困にあえいでいると「社会的な問題だから手を差しのべてやらねば」となるのに対し、「強者」とされているイギリス人の白人男性が貧困に陥っても「自分の努力が足りないからでしょ」という目で見られてしまうのだ。
日本でも同じことだよね。高齢者や母親や子どもが苦しんでいるのは「社会が助けてやらねばならない」となるのに、若い男性が貧困生活に陥っても「自己責任だ」あるいは「若いときは苦労したほうがいい」みたいな言われ方をされてしまう。
結果として貧困層はべつの貧困層への攻撃に走ることになる。
これもわかる気がする。日本でも生活保護受給者をやたらとバッシングするのは、いわゆるワーキングプア層が多いように見受けられる(じっさいはどうだか知らんけど)。貧困を脱した経験のある人や、ちょっとしたきっかけで自分も生活保護を受給することになる危険性の高い層ほど、他人の需給に対して厳しい。「おれはこんなに苦労して生活しているのにあいつばっかり楽してずるい」と。
金持ち喧嘩せずというけど、金で苦労したことのないような人が他人の生活保護受給に対してごちゃごちゃ言ってるのを、少なくともぼくは聞いたことがない。
だが「低所得者層間の争い」は為政者にとっては思うつぼなのだろう。政治への不満から目を背けることができるから。
サッチャー政権下では失業率が高くなった際に「各種手当の不貞受給を知らせるホットライン」を設けて低所得者層の分断を促したそうだ。
「おれの生活がこんなにひどいのはズルをしているやつがいるせいだ」と思ってくれれば、政権にとってはこんなにありがたいことはない。サッチャーも「あいつらチョロいぜ」と舌を出していたにちがいない。鉄の女の鉄の舌を。
イギリスの状況はまったく知らず、ぼくも「イギリス人はプライドが高くて偏狭だったかったからEUでまとまるのが嫌だったのかな」ぐらいにしか思っていなかった。
しかし『労働者階級の反乱』を読むにつれ、ブレグジットは単なる移民受け入れ拒否ではなく、労働者たちの怒りの噴出だったのだ、と思うようになった。
イギリス労働者の置かれている状況は、日本とも重なる部分が多いことに気づく。
度重なる規制緩和や労働組合の弱体化などで労働者をとりまく状況は悪くなるばかり。しかし当人たちは団結して経営者、権力者と対抗するばかりか、生活保護受給者叩きや外国人バッシングに明け暮れ、社会は断絶。
弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く。その音が響きわたれば「働き方改革」は加速してゆく……。
はたして反乱は起きるのだろうか。
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