2018年5月17日木曜日

【読書感想】高橋 和夫『中東から世界が崩れる』

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『中東から世界が崩れる
イランの復活、サウジアラビアの変貌』

高橋 和夫

内容(e-honより)
かつて「悪の枢軸」と名指しされるも、急速にアメリカとの距離を縮めるイラン。それに強い焦りを覚え、新しいリーダーの下で強権的にふるまうサウジアラビア。両国はなぜ国交を断絶したのか?新たな戦争は起きるのか?ISやシリア内戦への影響は?情勢に通じる第一人者が、国際政治を揺るがす震源地の深層を鮮やかに読みとく!

中東。
多くの日本人と同じようにぼくも中東のことをよく知らない。砂漠があって石油が出てイスラム教徒がいてイスラエルとパレスチナがもめていてしょっちゅう内戦やクーデターが起こっていて……というイメージ。

ニュースではアラブの春だとかIS(イスラム国)だとかシリア内戦だとか耳にするから、「革命が起きたのか」とか「難民が増えてるんだな」とかぐらいはわかるけど、そもそもシリアがどこにあるのかすらわかっていない。

……という程度の人間が『中東から世界が崩れる』を読んでみたのだが、これはすごくわかりやすい。良書だ。
ここ二十年ぐらいの中東社会の動きがよくわかる。教科書にも載っていない、新聞でもいちから説明してくれない、そういうところが明快にまとめられていて痒い所に手が届くような一冊。

前提としてあるのが「宗教対立の話にしない」というスタンス。

 この複雑な問題を、時間の限られたテレビ解説などでは、どうしても説明し切れない。そこで日本のテレビでは、「二〇〇〇年続くユダヤとイスラムの対立」といった解説がまかり通る。しかし、宗教対立・宗派対立という図式は一見わかりやすいが、実は何も言っていないに等しい。
 現実の中東では、イスラム教徒同士でもケンカをするし、ユダヤ教徒同士でも争っている。ユダヤとイスラム、シーア派とスンニー派などと言うから本質が見えなくなるのであって、「平家と源氏の争い」と言えば、日本人でも腑に落ちるだろうか。土地をめぐる人間同士の紛争は、その人々の信じている宗教がイスラム教だろうがユダヤ教だろうが、仏教だろうが神道だろうが、どこででも起こっている普遍的な現象と言える。宗教にこだわるから、かえって難しくなってわからなくなる。
 そもそもイスラム教は、歴史的に見ても異教徒には寛容だ。統治者や支配層がイスラム教徒になった国では、国民が強制的にイスラム教に改宗を迫られたケースはほとんど見られない。

この姿勢がいい。じっさい、「宗教・宗派の対立」という概念から離れてみると中東で起こっていることはさほど難しくない。
「スンニー派とシーア派が……」とかいうからイスラムからほど遠い日本人には「ようわからんわ」となるんだけど、
「政府の要職についていた人たちがクーデターによって職を失ったから反政府勢力になった」
「異なる民族をむりやりひとつの国にまとめてしまったから対立が起こっている」
なんて説明されると、世界中どこにでもあるような話としてすんなり飲みこめる。

イスラエル・パレスチナ問題なんかは宗教の話を抜きには語れないかもしれないけど、その他ほとんどの問題は宗教はさほど関係ないんだよね。
中国だって東南アジアだってイスラム教徒は多いのにイスラム教とセットでは語られない。なのに中東だけはすべてがイスラム教と結びつけられた説明をされてしまう。だから余計にわかりづらくなるんだろうね。



イラク、イラン、サウジアラビア、アフガニスタン、シリア、イエメンなどのお国事情がそれぞれ語られているんだけど、「中東の諸問題って99%欧米が原因じゃねーか」と読んでいて思う。

アメリカ、ロシア、ヨーロッパ諸国、トルコなど周辺国が
  • 民族や歴史を無視して勝手に国境を定めたり
  • 民主主義的に選ばれたイスラム系のリーダーを倒してしまったり
  • 石油ほしさからいろんなグループに武器を提供したり
こんな「いらんこと」ばかりやっているせいで戦争や内紛になっている。
欧米各国の思惑が交錯して中東問題をややこしくしているだけで、元々いた人たちだけならそこまで大きな争いにはなってなかっただろう。

 アメリカがイラクを抑えるためにイランを育てたが、イランに革命が起こり反米政権が樹立
  ↓
 こんどはイランを抑えるためにイラクのフセイン政権を支援
  ↓
 フセイン政権が暴走してクウェートに侵攻したため湾岸戦争
  ↓
 イランともイラクとも関係が悪化したのでサウジアラビアに力を入れるようになった

ほんと、アメリカが引っかきまわしてるだけじゃねーか。

中東にかぎらず、外国が支援しなければ争いなんてそんなに大規模化・長期化しないんじゃないかな。
力の差があれば早めに決着がつくし、差がない場合でも戦いが長引いていいことなんてないからどこかで手打ちになる。
ところがよその国が援助をしだすと、朝鮮戦争やベトナム戦争のように際限なく続いてしまう。
アメリカやヨーロッパは過激派組織撲滅だとかいってるけど、長い目で見たら中東和平のためにいちばんいいのは「何もせずに放っておく」なんじゃないかな。

でもそれができないのは、中東には「聖地メッカ」「石油」というみんなが欲しがるものがあるから。
石油は「何もしなくても金が入ってくる宝の山」であると同時に「争いの火種」でもあるわけで、持っている人には持っている人の苦労があるんだなあ。
「庭から石油が出たらいいな」なんて思うけど、じっさいに出たら平和に暮らせなくなっちゃうね。だからぼくは石油王にならなくていい。富だけほしい。

最近はアメリカが自国内でシェールガスを取りだせるようになったことで中東から手を引きはじめてる、ってのも皮肉な話だね。アメリカが手を出さなくなるのはいいけど石油のパワーが衰えるわけだから、産油国からしたら一長一短だ。



イランという国について。
イランのことなんてほとんど考えたことがなかった。ぼくがイランに関して持っている知識といえば「ダルビッシュ有は日本人とイラン人のハーフ」というものだけだった。
でもイランは日本の四倍以上の大きさの国土を持ち、人口はドイツとほぼ同じ。中東屈指の大国なのだ。

 しかし実際は、イランはもっと大きいはずだ。というのは、普通に目にするメルカトールの地図は、赤道に近ければ近いほど面積が小さく見え、赤道から離れれば離れるほど大きく描かれる。そもそも丸い地球を平面に表現するのだから無理が生じているのだ。
 つまりイランは、赤道に近いので比較的小さく描かれている。ところがヨーロッパは、赤道から遠いので大きく見える。この歪みを修正してイランのサイズを描いてヨーロッパにかぶせると、イランはもっと大きい。イギリスからギリシアまで届いてしまう。この図体の大きさだけからでも、イラン人が自分の国は大国だと思っても自然だろう。
 しかもイランはかつて、もっともっと途方もなく巨大だった。古代アケメネス朝ペルシア帝国(前五五〇~前三三〇年)の時代は、現在のパキスタンからトルコ、ギリシア、エジプト、中央アジアまで広がる途方もない帝国を建設し、維持していたのである。

著者は「イランは中国と似ている」と書いている。
かつては文明の中心であったにも関わらず、下に見ていた欧米列強に蹂躙されてしまったところも同じ。東アジアにおける中国のような「中華思想」を持っている。

イランはシーア派が主流で、民族もペルシア人が多数で、公用語もペルシア語。他のアラブ諸国(スンニー派が主流、アラブ人、アラビア語)とはまったく違う。
これがわかると周辺の理解がぐっと楽になった。「イランもイラクも同じようなもんでしょ」という感じだったけど、オーストラリアとオーストリアぐらい違うんだね。
中国抜きに東アジアを語れないように、アメリカ抜きに北中米を語れないように、イラン抜きには中東は理解できない。逆にイラン目線で周辺国を見ると中東のパワーバランスはわかりやすい。



「イラン≒中華」説もそうだし、「中東には国もどきはたくさんあるが帰属意識を持った国民を有する国家は少ない」「イスラム主義の先鋭化は尊王攘夷運動に似ている」など、中東を理解する上で大きな手助けとなる大胆な解釈が盛りこまれているので、読み物としても楽しい。

宗教を離れてみると、中東問題ってこんなにもわかりやすいのか。


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