スパムメール大賞
サエキ けんぞう
今から二十年近く前、スパムメールがよく届いた。
LINEもSNSもなかった時代。遠くの人とメッセージを交わす方法はメールしかなかった。なので多くの人はプライベートで一日に何通ものメールをやりとりしていた。多い人だと、一日に何十通、もしかしたら百通以上送っていたかもしれない。
そんな時代だったから、あの手この手で人を騙してやろうとする業者や個人も、メールを使っていた。それがスパムメールだ。メールフィルタ機能もしょぼかったので、スパムメールは頻繁に届いた。「スパムが多いのでメールアドレス変えました」なんて人も多かった。
最初は「素敵な出会いが貴方を待っている★」みたいな単純な手口だったが、業者の手口も洗練(?)されてきて、次々に新しいスパムメールが開発されていった。
そんなスパムメール全盛期の2004~2006年に、著者が積極的に怪しいサイトにメールを登録したり、届いたスパムメールに返信したりして、数々のスパムメールを集めたのが本書だ。
試みはおもしろいし、掲載されているスパムメールもおもしろいものも多い(ただし企画の性質上、下ネタ多め)。
ただ、それに対する著者のツッコミがつまらない。まあこれは単純に文体が古いってのもあるけど……。
古びやすい文章とそうでない文章があって、著者の文章は典型的な前者。いかにも2000年代前半の文章って感じで、今読むとうすら寒い。まあこれは十数年たってから読んだぼくが悪いんだけど……。
ぼくはマーケティングの仕事をしているのだが、スパムメールはなかなかマーケティングの勉強になる。スパムメール業者だってみんながバカじゃないから(バカも多いだろうけど)、あれこれ作戦を立てて、反響を見て、うまくいったものをさらに改良して送信しているのだろう。いってみれば数々のPDCAサイクルをくぐり抜けてきたものが、我々の手元に届くのだ。
そこには「どうすれば人はひきつけられるのか?」というマーケティングの永遠のテーマに対する答えがある。
なかでもすごいのは〝逆援助〟だ。
出会い系スパムメールの最終目的は「男に金を使わせる」ことだ。そのためにはどうしたらいいか。
ふつうに考えれば「うちのサイトに登録すれば素敵な女性と出会えますよ」とか「まずは1ヶ月無料でお試しください」とアピールするだろう。商品の魅力を伝える、試用期間を利用して加入させる。いずれも王道のマーケティング手法だ。王道であるがゆえに、誰でもおもいつく。
そこへいくと「あなたにお金を払いたい女性がいます」というスパムメールはすごい。常人にはまずおもいつかない。
エロいことをさせてくれる上にお金までくれるという。まさに逆転の発想だ。送られたほうからすると「両方叶うならこんなにすばらしいことはないし、どっちかだけでもラッキーだ。両方叶わなかったとしても、何も失うわけじゃないしな」とおもえる。還付金詐欺と並ぶ、なんともずるがしこい発明だ。
まあクリックはさせても、そこからお金を払わせるまでにもっていくのがまたむずかしいんだろうけど……。
他にも「パソコンメールの調子が悪くなって送信はできるが受信ができなくなったから、連絡手段を考えました。出会い系サイトの掲示板を使うことにしましょう」という手口や、まちがいメールをよそおって「本来なら有料の出会い系サイトを無料で使う裏技を発見した!」といってサイトに誘導する手法、「部署移動させられた腹いせに会社に損害を与えたいのでこのサイトでがっぽり得してください」という文面など、よく考えられているなあと感心するスパムメールも多い(だましたらダメよ)。
そうかとおもうと、本気でだます気があるのかとおもうようなメールも。
このメールを受け取った人が登録しようとおもうか?
もうやけくそになっているとしかおもえない。スパムメール業者も組織化されて、モチベーションの低い従業員が適当に送るようになったのかもしれない。
そんなばかばかしいメールの中でも、特に手が込んでいるのがこれ。
無駄におもしろい。設定もすごいし、それにあわせた(といっても大げさすぎるが)文体も作っている。「エロとネットが大好きな、行動力のありすぎる婆さん」の姿がありありと浮かんでくる。
メールなのにBGMまで設定して、YONEDA the Tiger Beauty(寅美なのでTiger Beauty)という署名まで凝っている。
もはやこれは文学と言っていい。
最後に、ぼくがいちばん開封したくなったメール。
気になる~!
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