2019年1月31日木曜日

【読書感想文】"無限"を感じさせる密室もの / 矢部 嵩〔少女庭国〕

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〔少女庭国〕

矢部 嵩

内容(e-honより)
卒業式会場の講堂へと続く狭い通路を歩いていた中3の仁科羊歯子は、気づくと暗い部屋に寝ていた。隣に続くドアには、こんな貼り紙が。卒業生各位。下記の通り卒業試験を実施する。“ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n‐m=1とせよ。時間は無制限とする”羊歯子がドアを開けると、同じく寝ていた中3女子が目覚める。またたく間に人数は13人に。脱出条件“卒業条件”に対して彼女たちがとった行動は…。扉を開けるたび、中3女子が目覚める。扉を開けるたび、中3女子が無限に増えてゆく。果てることのない少女たちの“長く短い脱出の物語”。

(ネタバレ含みます)

女子中学生が意識を失い、気づいたときには閉ざされた部屋の中にいた。ドアには貼り紙。
“ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n‐m=1とせよ”

……と、コンビニに置いてある安っぽいマンガみたいな手垢にまみれた導入だなと思っていたが、さすがは奇才・矢部嵩。安易なデスゲームにはさせない。

米澤穂信『インシテミル』を読んだときにも感じたんだけど、そんなに都合よくサバイバルゲームはじまらねえだろっておもうんだよね。
ふつうの人にとって「人を殺す」って相当なハードルの高さだよ。極限まで追い詰められないと殺し合いなんてはじまらねえよ。「(文字通り)死んでも人は殺さない」って人も相当するいるとおもうよ。「殺られる前に殺るのよ!」なんて発想にいたるのはむしろ少数派なんじゃねえの?
なのにフィクションの世界だと、変なマスクかぶった人が「さあゲーム(殺し合い)の始まりです!」と言うだけで、あっさりその無理めな設定が通用してしまう。

こういうところに常々不満を抱いていたので、〔少女庭国〕の展開には感心した。
“ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n‐m=1とせよ”
の貼り紙に気づいた女生徒たちは、けれどいっこうに殺し合いをはじめない。
いつ始まるんだと思っていると、ついに殺しがはじまるが詳細な描写はなくたったの数行であっさり説明されるだけで、そのまま話は終わってしまう。
ん? なんだこりゃ? 幽遊白書の魔界統一トーナメントか?

……と思っていたらはじまる第二章。
そこにはまた別の部屋に閉じこめられた女子中学生がおり、壁にはやはり貼り紙が。

これが延々続く。
この世界では部屋は無限にあり、閉じこめられた女子中学生も無限に存在する。
となると、女子中学生がとる行動も無限にあるわけで、〔少女庭国〕はその ”無限” を書いてみせる。

二人で殺しあう世界もあれば、十人で殺しあう世界もある。殺しあわずにそれぞれ死んでゆく世界もあれば、どんどん人や土地が増えてゆく世界もある。
中にはこんな一大文明が発達する世界も。
 フィクションの他では語り部が芸能として親しまれた。現世の景色を忘れかけるほど長くこの地で過ごしてしまったものに対し目に浮かぶように在りし日の自分たちを思い出させる語り部の存在は貴重だった。聞けば思い出すしかし自分からは掘り起こせないような些細な日常や学校や町の記憶を引き出すことの出来る饒舌なべしゃりと豊富なあるあるネタの持ち主はとりわけ希少で、歌、絵などのトップレベルのものと並んで人気を集めた。いずれも初めは労働階級のガス抜きとしての意味合いが大きかったが、やがて暇を飽かすようになった支配者層が芸の上手を囲い込み独占したり、特に気に入った芸者のパトロンとなって庇護したり、抱える芸人の質や量で権威を示したり、それらの女子を集め社交を行うようになっていった。奴隷階級から一芸を示しランクアップを果たす例もあり、そうした一連の風潮から娯楽の作り手を志願するものが大量に生まれ、最終的には需要を供給が上回る様相を呈し、花形の裏で人気のない作り手から順に食われていく生存競争を生んだ。研究班も娯楽係も後室の卒業生が奴隷身分から抜け出すようなシステムを生み出す契機となったが、そのことは次第に社会基盤の弱体化を招いていった。

もちろん本のページは有限なので実際には有限なのだが、ありとあらゆる行動パターンが書かれることで、まるで無限の選択肢をすべて提示されたかのような気になる。

「クローズドな世界」を描いていたはずなのに、気づいたら時間も場所もシチュエーションもどんどん拡大して、いつのまにか無限を目の当たりにしているのだ。
なんともすごい小説だ。よくこんな奇天烈な話を書こうと思ったし、出版しようと思ったものだ。

とはいえ、「すごい」と「おもしろい」はまたちがうわけで、物語としておもしろかったかというとそれは微妙なところでして……。
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