「歯ブラシが汚れてきたら、洗面所のせまいところとかガスコンロの周りとかを掃除する用に置いとくんだけどさ」
「うん。うちもそうしてる」
「だいたい一ヶ月に二本ぐらい歯ブラシを消費するのね。二人家族だから」
「うん」
「でも洗面所のすきまとかはそんなに掃除しないの。一ヶ月に一回ぐらい」
「うん」
「ということは、古い歯ブラシがどんどん溜まっていくわけよ」
「そうなるね」
「というわけで、今、うちには六十本ぐらい古い歯ブラシがある」
「そんなに!?」
「だって一ヶ月に二本買い替えるのに、掃除で使うのは月に一本だもん。一年で十二本増えるから、五年で六十本」
「捨てなよ」
「それが捨てられないんだよ」
「なんでよ」
「だってまだ掃除に使える能力があるんだよ。それを捨てるなんてなんかもったいないじゃん」
「でも歯を磨くためにはもう十分使ったんでしょ」
「せっかくだから第二の人生をまっとうさせてやりたいじゃない」
「そうはいっても二本ぐらい置いとけば十分でしょ。あとは捨てなよ」
「おまえそれ自分の親に対しても同じこといえるの?」
「は?」
「自分のお父さんが会社を定年退職して、これから老後の人生を楽しもうってときに、もう仕事人としては十分生きたんだから死ねっていえるの?」
「どういう怒られかたされてるのかわからない」
「今の日本は高齢化社会も高齢社会も通りこして、超高齢社会だよ。そんな時代にまだまだ働ける人材を活用しない手はないでしょ」
「歯ブラシの話してるんだよね?」
「だからおまえは自分の親が使いおわった歯ブラシになったとして、それでも捨てられるのかって聞いてんの」
「自分の親が使いおわった歯ブラシになるって状況がイメージできない」
「べつに親じゃなくてもいいよ。近所のおじさんでもいいし、なんなら自分が歯ブラシになることを想像してくれてもいい」
「いや誰だったらとかいう問題じゃない」
「とにかく、歯みがき用として使いおわった歯ブラシに活躍の場を与えてやりたいわけ」
「じゃあもっと掃除したら? 今は一ヶ月に一回のすきま掃除を、月に二回やるようにしたらいいじゃない。そしたら収支のバランスがあうじゃない」
「収支のバランスがあうだけじゃだめなんだよ。今使いおわった歯ブラシが六十本あるのに、これがいっこうに減らないじゃない」
「じゃあ毎週掃除しなよ。そしたら月に四本ずつ減っていくから、二年半で使用済み歯ブラシのストックがなくなるじゃない」
「洗面所のせまいすきまなんかそんなに汚れないのに、毎週やる必要ある?」
「しょうがないじゃない。ストックをなんとかしたいんでしょ」
「なんかさ、雇用を生みだすために無駄な公共事業を増やしてるみたい。そういうハコモノ行政の考え方が今の環境破壊を生んだんじゃないの?」
「どういう怒られかたされてるのかわからない」
「だから歯ブラシを消費するために掃除をするのは本末転倒だって話をしてんの」
「そうでもしないと歯ブラシなくならないんだからしょうがないじゃない」
「でもさ、洗面所を掃除するときは、まず掃除用のスポンジを使うんだよ。激落ちくんってやつ」
「あーあれよく汚れが落ちるね」
「激落ちくんでも届かないすきまを掃除するときにだけ、使用済み歯ブラシを使うわけ」
「うん」
「洗面所掃除を毎週するってことは、激落ちくんも毎週使うってことじゃない」
「うん」
「激落ちくんはわざわざお金出して買ってきてるんだよ。使用済み歯ブラシを消化するために、必要以上に激落ちくんを買わなきゃいけないんだよ。消費税を引き上げても消費者の負担が増えないように軽減税率を導入して、結果的に社会の負担コストが増えるみたいな話でしょ。そういう考え方が経済格差を招いてるんじゃないの」
「どういう怒られかたされてるのかわからない」
「使用済み歯ブラシに用途を与えるためだけにお金まで使いたくないってこと」
「だったら激落ちくんを使うのは従来通り一ヶ月に一回にして、すきまだけは毎週掃除するようにすればいいだろ。それだったら余計なお金使わなくていいじゃん」
「すきまはこまめに掃除するのに、広いところは汚れたままにしとくわけ? それってたばこ税を上げたりしてとりやすいところからは税金をとるくせに、法人税とか相続税とかもっと大きいところには手をつけないみたいなことだよね。そういう考え方が今の財政の不健全化を招いたんじゃないの」
「どういう怒られかたされてるのかわからない」
「大きな汚れは放置して小さな汚れだけ掃除するのは優先度がおかしいって言ってんの」
「じゃあ激落ちくんを使うのやめて、広いところも狭いところも歯ブラシで掃除したら? 歯ブラシ五本くらい束ねてごしごしやれよ!」
「それって労働力不足だから移民労働者を増やして、結果的に日本人の雇用が奪われるみたいな話だよね。そういう考えが若者の政治離れを……」
「どういう怒られかたされてるのかわからない!」
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