ぼくのおじさんはちょっと変わりもので、田舎で陶芸家をやっている。
四十歳くらいのときに縁もゆかりもない村に移住して、隣の家が五十メートルぐらい離れているという広い敷地に住んでいる。
そんな田舎だから人付き合いは濃厚らしいのだが、おじさんはやれ祭りだ町内会だ青年団だといった風習にいちいち反発していたらしい。
はじめは喧嘩になっていたそうだが、そのうち「あの人は変わりものだから」ということで周囲も近寄ってこなくなったらしく、「うるさいやつらがこなくなって快適だ」と言って喜んでいた。
偏屈な陶芸家、というと無口な人を想像するかもしれないが、ぜんぜんそんなことはない。
親しい人の前ではむしろ饒舌で、甥っ子であるぼくなどはずいぶんかわいがってもらった。
下品な冗談や役にも立たない知識をずいぶん教えてくれた。
たとえば、
「"一盗二卑三妾四妓五妻" っていう言葉があってね。相手をするのにいちばんいいのは盗んだ女、つまり人妻だね。次が卑、女中さんに手を付けるのが楽しいってことだね。今でいうメイドさんかな。その次の妾はわかるね、おメカケさん、愛人だ。妓っていうのはちょっと難しいね。これは商売女、つまり売春婦。そして最後が自分の妻だ。これは最悪とされている」なんてことを、まるで塾講師のような口調で中学生のぼくに教えてくれたのはこのおじさんだ。
中学生に何教えてくれとんねん。すぐ覚えたけども。
大学生のとき、友人たちといっしょにおじさんの家に遊びにいった。
すごく広い家だから、家の庭にテントを張らせてもらい、毎晩酒を飲んで走りまわった。
おじさんは「女子大生ならよかったのに」と言いながらもぼくたちバカうるさい男子大学生を歓迎してくれて、陶芸を教えてくれたり、車であちこち連れていってくれたりした。
そんなおじさんの口癖が「おじさんじゃないもの」だ。
おじさんが渓谷に連れていってくれた。
高さ二メートルぐらいの岩があり、下にはそこそこ深い川が流れている。
おじさんは云う。「地元の子どもたちはあそこから飛びこむんだよ。君たちもやってごらんよ」
ぼくは怖気づいて尋ねる。「えっ、でもけっこうな高さがありますよね。失敗してケガする人とかいないんですか」
おじさんは笑って云う。「大丈夫だよ、失敗したってケガするのはおじさんじゃないもの」
万事その調子で、あれやこれやとけしかけては
「大丈夫、バレたって逮捕されるのはおじさんじゃないもの」
「平気平気。だめだったとしても困るのはおじさんじゃないもの」
と笑うのだ。
なんでいいかげんな人なんだろう、と思っていた。
でもよくよく考えてみると、悩み相談やアドバイスなんて、結局みんな他人事だ。
だったら「若いんだから失敗を恐れずにやってみな。大丈夫、なんとかなる!」なんて無責任なことを云う人よりも「だめでも困るのはおじさんじゃないもの」とはっきり口にするおじさんのほうが、ずっと誠実なのかもしれない。
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