2021年1月18日月曜日

【読書感想文】女子校はインドだ/ 和山 やま『女の園の星』

女の園の星

和山 やま

内容(Amazonより)
ある女子校、2年4組担任・星先生。生徒たちが学級日誌で繰り広げる絵しりとりに翻弄され、教室で犬のお世話をし、漫画家志望の生徒にアドバイス。時には同僚と飲みに行く…。な~んてことない日常が、なぜこんなにも笑えて愛おしいんでしょう!?どんな時もあなたを笑わせる未体験マンガ、お確かめあれ!

『このマンガがすごい!2021』オンナ編第1位になった作品(しかしオトコ編オンナ編って区分、そろそろ時代遅れじゃないかね)。

「受賞時点での巻数が少ない」「メジャーな雑誌に連載されていない」「ギャグ」で、『このマンガがすごい!』に選ばれる作品って外れがないよね。『聖☆おにいさん』とか『テルマエ・ロマエ』とか(ぼくが漫画をよく読んでいたのは十年前までなので情報が古い)。

 ってことで『女の園の星』を読んでみた。うん、おもしろい。
 なんていうか、一言でいうなら「センスがいい」。
 ギャグなんだけど、舞台はごくふつうの女子校だし、ありえない状況も起こらないし、むちゃくちゃ変な人も出てこない。登場人物のテンションも低め。シチュエーション、キャラクター、ストーリー、どれもが常識の範囲内。なのに笑える。これはもうセンスがいいとしか言いようがない。

 やってることは「教師が学級日誌に描かれている内容に首をかしげる」「あまり付き合いのよくない教師がめずらしく同僚と飲みに行く」など、ごくごくふつうのことなんだけどね。
 女子校が舞台でありながら色気も一切なし。というか生徒はほとんど個性がない。変なのは鳥井さんぐらい。
「あるある」と「ねーよ」の間の絶妙なところをついてくる。「ない……けどひょっとしたらあるかも」ぐらい。

 ぼくは女子校生に通ったことがないので(あたりまえだ)、余計にそうおもうのかも。ほとんどの男にとって女子校って未知の世界だから、「ないとおもうけど女子校なら起こりうるのかも」とおもってしまう。
 どんな不思議な出来事でも「インドでの出来事」とつけくわえれば「いやインドならありうるかも……」という気になるのと同じだ。女子校はインドなのだ。


 おもしろかったので次の巻も買おうとおもったらまだ1巻しか出てないんだな。それで『このマンガがすごい』1位になるなんてすごい。

 仕方ないので同じ作者の『夢中さ、きみに。』を買って読んでみた。こっちは男子校が舞台。こっちもおもしろい。でもこっちは「ねーよ」が強すぎるな。ぼくが男子だったからかもしれないけど。


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2021年1月15日金曜日

【読書感想文】国の金でばかなことをやれる場 / 酒井 敏 ほか『もっと! 京大変人講座』

もっと! 京大変人講座

酒井 敏 ほか

目次
はじめに ようこそ!京大変人講座へ!
1 熱帯生態学の教室 アリ社会の仁義なき掟―女王アリと働きアリの微妙な関係(昆虫の世界は、知らないことだらけ!
2 科学哲学の教室 曖昧という真実―割り切れないから見えてくる、グレーゾーンに潜む可能性(デカルトは「すべてを疑う」ことを徹底できなかった!?
3 アート&テクノロジー学の教室 アートはサイエンスだ!―アーティストと研究者、二足のわらじで見つけた日本の美(音の振動から生まれたアート
4 宇宙物理学の教室 そうだ!宇宙に行こう!―手話と学問の意外な関係性(ブラックホール、この摩訶不思議な世界
一番小さい学科を選んだら、天文学科だった!? ほか)
5 SUKIる学の教室 「できない」から「できる」んだ―「他人事」になる社会の中で、自分の唯一性を持って生きる(「できない」って、ダメなの?
おわりに 「本能の声」に気づく、従う 


 前作『京大変人講座』のほうがおもしろかったな。

 アリの話はおもしろかったけど書いてあることはごくごくふつうのアリの生態の話だった。ぼくもけっこうアリは好きなので『クレイジージャーニー』の島田拓氏の回とか『香川照之の昆虫すごいぜ!』のアリの回とかを観ていたので、既に知っていることばかりだった。
 アリのことを知らない人からしたらめずらしい話かもしれないけど、「変人講座」というテーマにはあんまりそぐわない気がするな。
「変なアリもいるから変人でもいい」ってのは持っていき方としてちょっと苦しいな。


『SUKIる学の教室』に関しては書いてあることがさっぱり理解できなくて、なんだこりゃ? ぼくの理解力が足りないのか? とおもっていたのだが、おしまいに越前屋俵太さんが「まったく意味がわからなかった」と書いてて安心した。ああ、ぼくだけじゃなかったのか。
 わからなくて当然、わからないことを楽しめ、という講義みたいだ。ふうむ。そういう意図か。最初に言ってよ。



 京大には「変人のほうがえらい、ふつうのやつはつまらない」という風土がある。少なくともぼくが通っていたときはまだそういう風潮があった。

 そして、私は真面目な人こそが常識を脱した変人になれると考えています。
 真面目な人=変人というと、意外に思われるでしょうか。でも私は、真面目な人ほど変人になると確信しています。
 真面目な人は「ちゃんと自分の頭で考えている人」であり、自分の頭で考えている人は、確実に変人になるのです。
 なぜなら、世の中の大多数の人は「世間体」や「常識」に流されて生きています。周りに流されるがまま、「みんながやってるから」という理由で周りに合わせた言動をとっていくうちに、「常人」になっていきます。
酒井 「研究」って言うとなんかかっこいいイメージがあると思いますけど、たぶん本人は、勝手におもしろがってやっているだけなんです。

越前屋 変人たちは「ねばならぬ」で動いているわけじゃなくて、ニコニコしながら研究してるわけだ。

伊勢田 周りの人とか指導教員が「それは研究じゃないよ」と止めたりすれば、「もっとスタンダードな研究をしよう」と考えるかもしれません。でも、京大では他の人と違うことをやっているのを見たら「おう、おもしろいからやれよ」「いいじゃん! いいじゃん!」と、むしろあおるような場合もあります。

越前屋 そうか! みんな止めないんだ。そういう意味では、京大は治外法権なのかもしれないですね。

酒井 もちろん「そんな研究に何の意味があるんだ?」と言い出す人も、いることはいます。だけど、そういう人たちに大きな力があるわけでもない。だから、あれこれ言われても「そんなもん放っておけばいいんだ」と、突っぱねることができるんです。

伊勢田 たしかに、そういうところがありますね。


 多くの学問ってそういうところから生まれるんだよね。ダーウィンだって進化生物学の謎を解き明かそうとおもって学問をはじめたわけじゃないだろうし。たいていの偉大な研究者がそうだろう。

 しかしそんな京大でも、ニュースなんかを見ているとどんどん「人に迷惑をかけないように意味のある行動をとりましょう」という方向に向かっていっているように見える。ちょっとずつだけど。
 国の金でばかなことをできる場所って日本にまだ残ってるんだろうか。どんどん「税金でくだらないことに使うなんてとんでもない!」というせちがらい世の中になっていってる。

 京大にはずっとバカ養成所であってほしいけど。


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【読書感想文】変だからいい / 酒井 敏 ほか『京大変人講座』



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2021年1月13日水曜日

【読書感想文】働きやすい職場だから困る / 仁藤 夢乃『女子高生の裏社会』

女子高生の裏社会

「関係性の貧困」に生きる少女たち

仁藤 夢乃

内容(e-honより)
「うちの孫がそんなことをするはずがない」「うちの子には関係ない」「うちの生徒は大丈夫」「うちの地域は安全だ」―そう思っている大人にこそ、読んでほしい。


「居場所のない高校生」や「性的搾取の対象になりやすい女子高生」の自立支援をおこなっている著者による、〝女子高生産業〟のルポルタージュ。
〝女子高生産業〟とはJKお散歩とかJKリフレとか、要は「お金を払って女子高生と過ごす」商売だ。当たり前だがいっしょに散歩したりお話したりするだけで済むとはかぎらない。利用客の多くは「あわよくばそれ以上のこと」を狙っているのだから。

 だが表向きは風俗店ではないので違法行為をしたという証拠がないかぎりは警察も厳しく取り締まることができず、性産業への入口となっていることが多い。


 事務所についたらインターホンを押し、「普通のマンションだから、友達の家に遊びに行くときみたいな感じ」で挨拶をする。店長がドアを開けたら部屋に荷物を置いて、チラシを持って準備完了。マンションの前の通りで客引きをする。ただ、それだけだ。

(中略)

 客が入ったら事務所の下まで連れて行き、料金を受け取る。それを持って彼女だけ部屋に上がり、店長にお金を渡す。「何分行ってきまーす」と伝えて客の元へ戻り、そこからお散歩が始まる。客は彼女を連れてどこにでも行くことができる。
 時間は店が管理し、支払った分の時間になると少女の携帯に「終わりの時間だよ。延長するかお客さんに聞いてみて」と店から電話がかかってくる。延長しない場合はその場で解散し、少女だけ事務所に戻るという流れだ。客と店のスタッフが顔を合わせることはない。
 好きなときに事務所に現れ、チラシを配って客引きをし、お金を持って戻ってくる。客と散歩に行き、また客引きに行く彼女たちに、店がしてやることはほとんどない。少女たちは客からお金を運んでくるいい餌だ。レナは「店の人は女の子が心配だから、ビラ配り中もたまに見回りに来る」というが、それは少女を監視し管理するためである。

 これを読んで、鵜飼いの鵜みたいだな、とおもった。
 高校生が客引きをして、高校生が会計をして、高校生が客とお散歩をする。店側はほとんど何もしてない。チラシを作り、終わりの時間を連絡するだけ。トラブルになったら出ていくんだろうけど、やってることは「ショバ代をとるヤクザ」そのものだ。なんと楽な商売だろう。何もしなくても鵜が勝手に魚をとってきてくれるのだ。

 女子高生からしても楽な仕事だろう。ふつうのアルバイトよりはるかに稼げるのだから。
 だが世の中そんな甘い商売はない。当然ながら危険はある。見ず知らずの男とふたりっきりになるのだから、性的暴行を受ける危険性は高い。客の多くはそういう目的で近寄ってきているのだし「金を払ってるのだから」という意識は人を強引にさせる。


 誰が見たってよくない商売だろう。堂々と「JKお散歩で働いてます」「JKお散歩利用してます」と言える人はまあいない。

 でもなくならない。手を変え品を変え、未成年を対象にした準性産業はなくならない。なぜなら需要があるから。
 男側の需要はもちろん、女子高生側の需要も。

 レナによると、彼女がこの仕事をしている理由は、部活や受験勉強のためシフト制のアルバイトをする時間がなかなか取れないこと、家計が苦しいこと、「そんな中、仕事を一生懸命頑張っている父親に小遣いをもらうのを遠慮してしまうことの3つ。そして、彼女には「うちは他の家と違う事情がある」という意識が強くある。
「同級生も一緒にお散歩を始めたんですけど、その子にはちゃんと親がいるから、帰りが遅いと怒られるし、受験に備えて勉強しなさいと言われてやめました。うちはパパが夜の仕事だから、遅く帰ってきてもわからない。だから、パパより早く帰ってくるのが目標。3時までにはお家に帰るから、ばれてない」
 レナは「うちは父子家庭だから」「あの子のうちには親がいるから」と何度も口にした。彼女を見ていると、心のどこかで父親に気づいて欲しいと思っているのではないかとすら思えた。そして同時に、「家庭を支えたい、迷惑をかけたくない。自分のことは自分でしなければ」という意思を持っていることが伝わってきた。

 高校生が働ける場所はそう多くない。酒を出す店では働けないし夜遅くも働けない。大学生以上しか雇わない店も多い。授業やテストや部活で時間の融通も利かない。

 働けてもたいていは最低時給。小遣い稼ぎならそれでもいいかもしれないが、生活費を稼がなくてはならない高校生にとっては厳しいだろう(そして生活に困っている子どもは年々増えている)。

 そんな高校生にとって、JKビジネスは働きやすい職場だ。短時間でも働ける。働きたいときだけ出勤すればいい。うまくやれば月に何十万円も稼ぐことができる。
「働けない」か「JKビジネスで働く」の二択しかないケースも多いだろう。
(男子だったら「働けない」か「学校をやめる」か「非合法な手段で稼ぐ」の三択になる)

 稼がなくてはならない高校生は年々増えているのに、高校生が稼げる社会になっていない。
「売る女子高生」や「買う男」だけの問題ではないのだ。




 少し前に、杉坂 圭介『飛田で生きる』という本を読んだ。飛田というのは大阪市内に今も残る遊郭。半ば公然と売春がおこなわれている場所だ。

 遊郭というと怖いイメージがあるが、『飛田で生きる』を読むかぎり飛田新地という街は他の風俗街に比べてずっと安全であるようだ。
 そもそも売春という非合法なことをやっているので、必要以上に警察に目をつけられないために「開業時は警察に届ける」「暴力団と関わらない」「営業時間を守る」「無理なスカウトや引き抜きをしない」「料金は事前にきちんと伝える」「従業員に健康診断を受けさせる」といったことを徹底しているらしい。
 もちろんそれでもリスクはあるだろうが、極力トラブルにならないような工夫がされている。

 それに比べると、JKビジネスはすべてが緩い。そもそも「未成年者を働かせる」「ヤクザが関わっているところも多い」「料金は交渉次第」「営業時間も場所も不規則」「届け出はしない」「従業員の身元確認もしないことがある」など、何から何まであぶなっかしい。




「そうはいってもJKビジネスで働くのなんて一部のグレた女子高生だけでしょ」とおもうかもしれないが、そうでもないようだ。
 この本によると、まじめに勉強や部活に取り組んでいたり、生活費に困っていないような高校生も働いているらしい。

 はじめは「不良の子」「お金に困っている子」だけかもしれないが、そういう子がJKビジネスをすることで、そうでない子も足を踏み入れるようになるのだ。
 友人から「私もやってるけどあぶない目に遭ったことなんてないよ」と誘われたら、敷居は下がるだろう(そして店側は女子高生に紹介料を払って友だちを紹介させる)。

 JKリフレやお散歩、売春に流れていく少女たちの多くは「衣食住」を求めている。「寂しいから」「居場所を求めて」ではない。寂しさを埋めるためだけなら、少女はわざわざおじさんを相手にしない。女子高生を相手にする若い男はいくらでもいる。たとえ男性の前でそういう振る舞いをしたとしても、女同士の本音トークではそんな風には語られない。彼女たちは生活するため、お金や仕事が欲しくて男性を相手にしているのだ。
 家庭や学校に頼れず「関係性の貧困」の中にいる彼女たちに、裏社会は「居場所」や「関係性」も提供する。彼らは少女たちを引き止めるため、店を彼女たちの居場所にしていく。もちろん、少女たちは将来にわたって長く続けられる仕事ではないことを知っているが、働くうちに店に居心地の良さを感じ、そこでの関係や役割に精神的に依存する少女も多い。
 一見、「JK産業」が社会的擁護からもれた子どもたちのセーフティーネットになっているように見えるかもしれないが、少女たちは18歳を超えると次々と水商売や風俗などに斡旋され、いつの間にか抜けられなくなっている。


 以前読んだ本に、ドイツでは売春が合法だと読んだ。
 合法だから店はきちんと届けていてルールをきちんと守っているから、利用客にとっても働く女性にとっても安全だ。
 日本も風俗やJKビジネス(男子も)を公営化したらいいんじゃないかな。

 衛生管理や健康管理をきちんとして、年齢制限をして、料金をきちんと定めて、税金もとって(もちろん未成年者はお散歩はさせても売春はさせない)。

「国がJKビジネスをやるなんて!」とおもうかもしれないが、結果的にはそっちのほうが高校生の安全を守れるとおもうんだよね。
 外貨も獲得できるし。


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【読書感想文】売春は悪ではないのでは / 杉坂 圭介『飛田で生きる』



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2021年1月12日火曜日

片付けられない人の片付け術

 部屋が汚い。
 子どものおもちゃであふれかえっている。

 二歳の次女が散らかすのはしかたないが、七歳の長女のものもあふれかえっている。いや、こっちのほうがひどい。

 学習机とおもちゃ箱があるのに、ものであふれかえっている。机の引き出しはぱんぱんだし、机の上はいろんなものが乱雑に積みあげられていて今にもくずれおちそうだ。もちろん机で勉強なんてできないから宿題は食卓でやっている。

 ある日、長女が「お気に入りの耳かきがない」と言ってきたのを機に、机が汚すぎるから耳かきが見つからないのだと言い、いっしょに大掃除をすることにした。

 ところがいっこうにはかどらない。

「これは?」
 「いる」
「これは捨ててもいいやろ?」
 「だめ」
「さすがにこれはいらんやろ?」
 「だめ、置いとく」

 ぜんぜん処分できない。捨てていいと言われたのは折り紙の切れはじとかお菓子の包み紙といった「正真正銘のごみ」だけで、他の「ほぼごみ」は捨てさせてくれない。

 ビーズ、髪留め、ちゃちなアクセサリー、モスバーガーのワイワイセットについてくるおもちゃ、空き箱やヨーグルトの容器で作った家、ガチャガチャの景品、もう終了したプリキュアシリーズのグッズ、書き損じた手紙、もう全部解きおわったパズルの本、付録目当てで買った二年前の雑誌……。
 リサイクルショップに持っていっても全部で十円ぐらいにしかならない(それどころかお金をとられるかもしれない)ようなものばかりだ。
 これらを一括処分したいのだが長女の許可がおりない。


「半年以上使ってないものはこの先も使うことないから捨てよう」と言っても首を縦にふってくれない。
 とはいえ、勝手に捨てることはしたくない。ぼく自身、過去にごみのようなものを集めていたし、今もぼくの机の上はしょうもないものばかりだ。
 子どもの頃、大切にしていたものを母親に勝手に捨てられて嫌な思いをしたこともある。そしていまだに根に持っている。親子とはいえ、他人のものを勝手に処分してはいけない。

 捨てないなら片付けてと言っても、わかったといって机の上にとりあえず置くだけ。それは片付けとは言わん!


 このままではらちがあかない。深いため息をついた。

 そのとき、ふとひらめいた。
 大きめの段ボール箱を持ってきて、娘に渡す。
「しばらく使わないけど捨てたくないものは全部この箱の中に入れて。この箱に入ってるものは捨てないから」

 すると、それまでいっこうに片付けが進まなかったのがうそのように、どんどん机のまわりが片付きはじめた。

 そうなのだ、ぼくも同じ人種だからわかるが、片付けられない人というのは
「たぶん使わないけどいつか必要になるかもしれない」
ものを捨てられないのだ。
 だから、「使わないけど捨てるわけでもない場所」を作れば、あっというまに片付けられるのだ。

 これでよし。とりあえず部屋はきれいになった。


 問題は、この「使わないもの箱」に入れたものをいつか処分させてくれる日がくるのだろうか、ということ。

 そしてもうひとつの問題は、あれだけ大掃除をして片付けたのにやっぱり耳かきがどこにもないということ……。


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子どもを動かす3つの方法

片付けの非合理性


2021年1月8日金曜日

【読書感想文】そのまま落語にできそう / 山本 周五郎『人情裏長屋』

人情裏長屋

山本 周五郎

内容(e-honより)
居酒屋でいつも黙って一升桝で飲んでいる浪人、松村信兵衛の胸のすく活躍と人情味あふれる子育ての物語『人情裏長屋』。天一坊事件に影響されて家系図狂いになった大家に、出自を尋ねられて閉口した店子たちが一計を案ずる滑稽譚『長屋天一坊』。ほかに『おもかげ抄』『風流化物屋敷』『泥棒と若殿』『ゆうれい貸屋』など周五郎文学の独擅場ともいうべき“長屋もの”を中心に11編を収録。

 以前読んだ山本周五郎の小説『あんちゃん』は、実力はあるのに無欲な主人公がつつましく生きていたが、優しいので女にはもて、他人のピンチを救ったことで正当に評価されて大出世……というポルノ小説ばかりが並んでいたが、『人情裏長屋』のほうはもっとバラエティに富んでいておもしろかった。

 とはいえ『おもかげ抄』『人情裏長屋』『雪の上の霜』あたりはその手の〝お天道様は見ている〟系の単純な勧善懲悪小説なんだけどね。


 しかし化け物と暮らすことになる『風流化物屋敷』、乞食を殿様に仕立てあげて大家を騙す『長屋天一坊』、怠け者の男が幽霊を貸す商売をはじめる『ゆうれい貸屋』なんて、まさに落語そのもの。
 これ、ほとんどそのまま落語にできるんじゃないかなあ。星新一氏が何篇か落語作品を書いているけど、それと似た味わい。

 個人的には『長屋天一坊』が特におもしろかったな。話が二転三転するし、登場人物も「成金で強欲な大家」「器量が悪く好色な大家の娘」「おつむの足りない乞食」「いたずら好きな長屋の住人」と役者がそろっている。


 今『落語っぽい』と書いたけど、昔は落語や講談と小説の区分ってそれほどはっきりしてなかったんじゃないのかな。文字で読むか噺を聴くかのちがいだけであって、中身はほとんど同じようなもので。

 それが、小説のほうは時代に合わせてどんどん変化していったのに対し、落語だけが取り残されてしまった。いや、落語だって変化はしてるんだけど、そのスピードは小説に比べてずっと遅い。なんだかんだいってもいまだに古典落語のほうが主流だもん。
 ぼくも古典落語は好きだけど、もっと変化のスピードを上げないと落語の世界に未来はないとおもうな。


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