貧乏国ニッポン
ますます転落する国でどう生きるか
加谷 珪一
よほどのじいさんばあさんを除けば、さすがにもう日本が世界の中でトップクラスの国力を持っていると信じている人はいないだろう。
十数年前までは、一般の日本人にとってはまだまだ日本は「強い国」だった。さすがにバブル期ほどの勢いはなくなったが、それでもアメリカに次ぐ経済大国、という認識だった。
だが日本はここ三十年まったくといっていいほど成長せず、はるか格下だとおもっていたアジアの国々にも抜かれ、いまや「先進国」の立場すら危うくなっている。
福沢諭吉『学問のすすめ』にこんな言葉がある。
進まない人間は後退する、つまり現状維持をしているだけだと進んでいる周囲から遅れをとってしまうということだ。
『学問のすすめ』が書かれたのは明治初頭だが、この言葉はその150年後の日本の状況をよく言い表している。30年間でまるで成長しなかった日本経済は、いまや主要国の中でビリ争いをくりひろげている。
そんな日本の過去の停滞っぷり、なぜ落ち目になったのか、そして貧乏国日本にこの先どんなことが待ち受けているの、を経済評論家が解説した本。
うーん、読めば読むほど気がめいってくるぜ。ぼくにもそれなりの愛国心があるからね(ほんとの愛国者ってのは日本の置かれた厳しい現状を正しく認識した上で対策を講じるものだとおもうけど、なぜか臭い物に蓋をして見なかったことにするやつらが愛国者を名乗るんだから嫌になっちゃう)
中国の発展を形容するときに「驚異的な成長」なんて言葉が使われるけど、それでいうと日本の状況は「驚異的な停滞」だ。なにしろ他に類がないぐらい成長していないのだから。
他の国の実質賃金(物価を加味した賃金)が1.3~1.5倍に増えている中、日本だけはマイナス。停滞どころか衰退である。
少し前に、移民受け入れをするかどうかなんて話が巷間をにぎわしていたが、そんな時期はとっくに過ぎてしまった。なぜなら、貧乏国日本は稼ぎたい外国人にとって魅力的な国ではないから。わざわざ貧しい国に出稼ぎに来てくれるもの好きはそういない。
逆に、日本人が大挙してアジアの国々に出稼ぎに行くようになる時代も近いと著者は言う。
韓国やタイのITエンジニアは日本と変わらない給与をもらっている。しかもそれは平均の話であって、トップクラスのエンジニアであれば海外のほうが稼げる。となると、優秀な人からどんどん日本を出ていくわけで、優秀な人が抜けた日本の企業はますます没落してゆく……という悪循環。
日本企業の特徴であった終身雇用はほぼ滅びたとはいえ、年功序列賃金はまだまだ生き残っている。このままだと日本企業から「若くて優秀な人」がいなくなり、「優秀でない年寄り」ばかりになる日も近い。というかもうなっているかも……。
さて。日本は没落した。どうやって立て直すか。三十年成長していなかった国はどうやったら成長するのか。
数年前まで「デフレだからだめなんだ」「円高だからだめなんだ」と言われていた。
が、著者は「デフレは不況の結果であり原因ではない」「日本はとっくにモノを作って輸出する国ではなくなっているモノづくりの国ではなくなっている」と喝破する。この本が書かれたのが2020年。
その後、円安になり物価高になった。しかしいっこうに景気は良くならない。ただただ生活が苦しくなっただけ。著者が正しかったことが証明された。
学者も素人も「この政策を実行すれば景気が良くなる」「経済が成長しないのはこの政策を実行しないからだ」と声高に叫んでいる。が、日本の景気低迷は政策で解決できないと著者は指摘する。
うなずけるところも大きい。
が、ぼくはそれでも日本の衰退は「政府に問題があるから」が最大の原因だとおもっている。
といっても経済政策の話ではない。もっと根本的な話だ。
端的にいうと「政府がちゃんとしないから経済もだめになってる」だとおもってる。
「ちゃんとする」というのは、なにも辣腕をふるって次々に有効な政策を実行して山積された問題を快刀乱麻を断つように解決してほしいといっているわけじゃない。
現状を正しく認識する、嘘をつかない、数字をごまかさない、悪いやつを処罰して追放する、やるといったことはやる、やると言わなかったことはやらない、そういう〝あたりまえのこと〟だ。
最近、こんなニュースがあった。
「入札を有名無実化し…」電通幹部出席の会議資料に明記 五輪談合
東京五輪の運営入札をめぐって電通が談合をしていた事件で、電通の社内資料で「入札を有名無実化して電通の利益の最大化を図る」と記されていたことがわかった、というニュースだ。
要するに「我々は法を無視して税金を不当にふところに入れるぜ」という宣言だ。これが巨悪でなくてなんだというのだ。個人的には責任者は死刑にしてもいいとおもう。だってこの悪党どもがくすねた税金があれば何人の命が救えるとおもう?
最大の問題はこうやって法を無視して税金をくすねる悪党がいることではない。いちばんの問題は、「電通は軽めの罰を受けるだけで今後も政府とよろしくやって税金をチューチューしつづけること」だ。それこそが最大の問題だ。
ここでさ「電通およびその子会社は未来永劫公的機関の入札案件にかかわってはいけない」ってことになったとするじゃない。そしたらどうなるとおもう? 電通にしかできない案件? そんなのあるわけないじゃん。仮にあったとしても、入札禁止になった電通からはどんどん人が出ていって他の会社に移るんだから、そこがやるようになるに決まってる。
悪くて不当に利益を上げていた会社がつぶれる。有能な人は他の会社に行く。または自分で会社を作る。政府と癒着していないけど能力のある新しい会社にもどんどんチャンスが生まれる。生産性は高くなる。経済は成長する。いいことずくめじゃない。
政府や司法が「ちゃんとする」だけでいいのよ。
ちゃんとすれば、能力のある人が評価される。能力がないのに不当に利益をむさぼっていた人は追放される。「旧態依然としたやりかたをとっているけど政権と仲良しだから守ってもらえる会社」が退場すれば、高い価値を生み出す会社にチャンスがまわってくる。それで生産性はぐんぐん上がる。
大企業だけを守って政権と仲の良い人を優遇するような、悪いやつを裁く。これだけでいい。おもいきった経済政策なんかしなくていい。価値のある財を提供する会社が報われるようになればいい商品が作られるし、いい商品は円高であっても海外で売れる。
これも同じで、「消費増税などで政府が増税を行った場合、政府は国民からお金を徴収することになりますが、徴収したお金は政府支出という形で最終的には国民の所得となります」とおもえるのは、政府が信用されている場合だけだ。
政府が増税分を国民の福祉のために使う、今の票田となる高齢者だけでなく若者や子どものためにも使う、お友だち優遇ではなく公正に使う。そう思われていれば、消費税増税だってもっと歓迎されていることだろう。
「経済の状態が健全であれば」だけでなく「政府の状態が健全であれば(正確に言えば健全だとおもわれていれば)」なんだよね。
そして、貧乏国日本のいちばんダメなところがこれ。
教育に金をかけない国で将来に希望が持てるはずがない。希望が持てないから投資をしない、投資をしないから景気が良くならない。
教育にさえ金をかけていれば「今はダメでも将来は良くなるかも」とおもえる。子どもの数が増えれば将来の消費も増える。
文教費はぜったいに削っちゃいけない分野だとおもう。医療費よりもずっと大切。
某首相が引き合いに出したことですっかりダーティーなイメージになっちゃったけど「米百俵」の精神ですよ、ほんとに。
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